道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

● ヨハネ傳:第15章1~27節

汝等もまた初より 我とともに在りたれば證するなり。

● 士師記:第6章11~17節~第7章25節

エホバの使之に現れて剛勇丈夫よ エホバ汝とともに在すといひたれば・・・・・ エホバ之を顧みていひたまひけるは 汝此 汝の力をもて行きミデアン人の手よりイスラエルを拯ひいだすべし 我汝を遣すにあらずや

● 箴言:第3章5~6節

聖餐式

● 創世記:第14章18~19節

時にサレムの王メルキゼデク、パンと酒を携出せり 彼は至高き神の祭司なりき 彼アブラムを祝して言けるは願くは天地の主なる至高神アブラムを祝福みたまへ  (文語訳)

いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。彼はアブラハムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神に アブラハムは祝福されますように・・・・・」   (新共同訳)

● ルカ傳:第19章10節

・・・・・それ人の子の來れるは、失せたる者を尋ねて救はん爲なり』

● ヨハネ傳:第20章24節~29節

・・・・・イエス言ひ給ふ 『なんじら我を見しによりて信じたり、見ずして信ずる者は幸いなり

● コリント後書:第6章1節~2節

・・・・・『われ恵の時に汝に聽き、救いの日に汝を助けたり』

● マタイ傳:第12章22~37節

然れど我もし神の靈によりて悪鬼を逐い出さば、神の國は既に汝らに到れるなり。・・・・・誰にても言をもて人の子に逆らふ者は赦されん、然れど言をもて聖靈に逆らふ者は、この世にても後の世にても赦されじ。

● ヤコブ書:第3章1~12節

われら之をもて主たる父を讃め、また之をもて神に象りて造られたる人を詛ふ。 讃美と呪詛と同じ口より出づ。 わが兄弟よ、斯る事はあるべきにあらず。

聖餐式

● コリント後書:第8章9節

汝らは我らの主イエス・キリストの恩恵を知る。 即ち富める者にて在したれど、汝等のために貧しき者となり給へり。 これ汝らが彼の貧窮によりて富める者とならん爲なり。

● コリント後書:第13章3~4節

・・・・・キリストは汝らに對ひて弱からず、汝等のうちに強し。 微弱によりて十字架に釘けられ給ひたれど 神の能力によりて生き給へばなり。 我等もキリストに在りて弱き者なれど、汝らに向ふ神の能力によりて彼と共に生きん。

● ルカ傳:第18章21~30節

イエス之を見て言ひたもふ 『富める者の神の國に入るは如何に難いかな。 富める者の神の國に入るよりは、駱駝の針の穴をとほるは反つて易し』

● マタイ傳:第4章15~17節・23~25節

『・・・・・暗きに坐する民は、大なる光を見、死の地と死の蔭とに坐する者に、光のぼれり』

● マタイ傳:第9章25~38節

また群衆を見て、その牧ふ者なき羊のごとく悩み、且たふるるを甚く憫み、遂に弟子たちに言ひたまふ 『收穫はおほく労動人はすくなし。 この故に收穫の主に労動人をその收穫場に遣わし給はんことを求めよ』

聖餐式

● コリント前書:第5章1~8節       ● コリント前書:第11章17~26節

● ヘブル書:第10章26~31節

二・三人の證人によりて死に至る。・・・・・恩恵の御靈を侮る者の受くべき罰の重き如何許りとおもうか。

● コリント後書:第13章1~13節

今われ三度なんぢらに到らん二・三の證人の口によりて凡てのこと慥(たしか)めらるべし。

● マタイ傳:第18章15~20節

もし聽かずば一人・二人を伴ひ往け、これ二・三の證人の口に由りて、凡ての事の慥められん爲なり。・・・・・すべて汝らが地にて縛(つな)ぐ所は天にても縛ぎ、地にて解く所は天にても解くなり。また誠に汝らに告ぐ、もし汝等のうち二人、何にても求むる事につき地にて心を一つにせば、天にいます我が父は之を成し給ふべし。 二・三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』

● エペソ書:第1章1~23節

御前に潔く瑕なからしめん爲に、世の創の前より我等をキリストの中に選び、 御意のままにイエス・キリストに由り愛をもて己が子となさんことを定め給へり。・・・・汝等もキリストに在りて眞の言、すなはち汝らの救の福音をきき、彼を信じて約束の聖靈にて印せらえたり。 これは我らが受くべき嗣業の保證にして、神に屬けるものの贖はれ、かつ神の榮光に譽あらん爲なり。・・・・・萬の物をその足の下にした服はせ、彼は萬の物の上に首として教會に與へ給へり。 この教會は彼の體にして萬の物をもて萬の物に満し給ふ者の満つる所なり。  

聖餐式

● ヨハネ第1書:第4章8~11節      ● コリント前書:第11章23~26節

● マタイ傳:第3章1~17節

ヨハネ之を止めんとて言う われは汝にバプテスマを受くべき者なるに、反つて我に來り給ふか』 イエス答へて言ひたまふ 『今は許せ、われら斯く正しき事をことごとく爲遂ぐるは、當然なり』 ヨハネ乃ち許せり。

● マルコ傳:第1章1~11節

我は水にて汝らにバプテスマを施せり。 されど彼は聖靈にてバプテスマを施さん』・・・・・斯て水より上がるをりしも、天さけゆき、聖靈、鴒のごとく己に降るを見給ふ。 かつ天より聲出で『なんぢは我が愛しむ子なり、我なんぢを悦ぶ』

● 申命記:第10章12~13節   ー 新年の祝福を祈って ー

イスラエルよ今汝の神エホバの汝に要めたまふ事は何ぞや 惟是のみ即ち汝がその神エホバを畏れ その一切の道に歩み 之を愛し心を盡し精神を盡して汝の神エホバに事へ 又我が今日汝らに命ずるエホバの誡命と法度とを守りて身に福祉を得るの事のみ

● 申命記:第11章8~12節

その地は 汝の神エホバの顧みたまふ者にして 年の始より 年の終まで 汝の神エホバの目常にその上に在り

● 申命記;第11章14節

我なんぢらの地の雨を秋の雨 春の雨ともに時に随ひて降し 汝らをしてその穀物を收入しめ且酒と油を獲せしめ

聖餐式

● ゼパニヤ書:第1章7節

汝主エホバの前に黙せよ そはホバの日近づき エホバすでに犧牲を備へ その招くべき者をさだめ給ひたればなり

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