道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-


御國のこの福音は、もろもろの國人に證をなさんため全世界に宣傳へられん、而して後、終は至るべし。  マタイ24:14

今は何の時か、末の世である。罪の故に滅亡に日が迫っているが、同時に神の救いの御業が顕著に為されている時でもある。

教会に於いては、聖霊の働きが為され、水と霊との救いが行われている。その火が燃えさからんことを祈る。


なんぢら時を知る故に、いよいよ然なすべし。今は眠りより覚むべき時なり。始めて信ぜし時よりも今は我らの救近ければなり。夜ふけて日近づきぬ、然れば我ら暗黒の業をすてて光明の甲を著るべし。ロマ13:11,12 

神いひ給ふ『われ恵みの時に汝に聴き、救の日に汝を助けたり』と。視よ今は惠のとき、視よ今は救の日なり。  コリント後6:2

 

兄弟よ、われは既に捉へたりと思はず、唯この一事を務む、即ち後のものを忘れ、前のものに向ひて励み、標準(めあて)を指して進み、神のキリスト・イエスに由りて上に召したまふ召にかかはる褒美を得んとて之を追い求む。されば我等のうち成人したる者は、みな斯のごとき思を懐くべし。 ピりピ3:13~15

パウロは、先ず救われる以前の己が姿に就いて列挙する。

生後八日目に割礼を受けた、イスラエルの血筋、ベニヤミンの族、へブル人から出たへブル人、律法に就いてはパリサイ人、熱心については教会を迫害した者、律法によれる義については責むべき所なき者であったと言う。典型的な律法主義者であった。

それが故に、イエス・キリストの教えに敵対するを良しとし、クリスチャン迫害の先頭に立った人物であった。

だが、ダマスコにいるクリスチャン迫害の出かけた時、光の中にイエス・キリストの御声を聞き、回心せしめられたのである。アナニヤによってバプテスマを受けるや、百八十度変わってイエス・キリストを宣伝える伝道者となった。そのため昨日の仇は友となり、昨日の友は仇となった。

彼は言う。過去の益たりし事は、キリストにあって損であった、過去の凡てを失ったが、キリストを知った今は塵芥のごとく思うと。

律法の義ではなくして、キリストによる義を得た。イエス・キリストの復活と力とを知り、それに倣って進んで行くのだと指針を得た。

成長するクリスチャンの姿をここに見る。




わが恩恵(めぐみ)なんぢに足れり、わが能力(ちから)は弱きうちに全うせらるればなり。 コリント後12:9

パウロは、この聖言を記した十四年前に第三の天にまで取り去られた一人の人を知っていると言う、その人は肉体にてか、靈にてか知らぬが、パラダイスに取り去られて、言い得ない言葉、人の語るまじき言葉を聞いたという。

常人ではありえないような霊的体験をしたのは、他ならぬパウロ自身であったのだが、斯かる主よりの特別な黙示に与った者は、ともすれば自分は他の誰よりも恵まれ祝された者だと思いあがり、高慢に陥り易いものである。そこで主は彼を高ぶらせぬために、彼を撃つサタンの使いとして、彼の肉体に一つの刺を与えたというのである。

それが何であったかは明言していないが、「わが肉体に汝らの試練となる者ありしたれど汝ら之を卑しめず、又きらはず」と述懐していることから見れば、何らかの病を持っていたのであろうと思われる。
 ガラテヤ4:14  それ故にパウロは弱さを抱えている人であった。
救われている者ならば、自分には善きことのみがあるべきだ、それこそ証ではないか。苦難、患難、病いなどあっては証にならないのではないかと思うものである。しかし、ヨブを思い見とよとも聖書は言う。ヨブは「我ら神より福祉を受るなれば災禍をも亦受ざるを得んや」と信仰をもって言い表した。

パウロも病ある故に悩み、これがために三度まで之を去らしめ給わんことを主に求めたが、主は答えて言いたもう。『わが恩恵なんぢに足れり、わが能力は弱きうちに全うせらるればなり』と。この御言を頂いて、彼の煩悶は終わった。主の御旨が分かれば良し、あとは唯従うのみである。

キリストの能力の我を庇わんために、寧ろ大いに喜びて我が微弱きを誇らん。この故に我はキリストの為に微弱・恥辱・艱難・迫害に遭うことを喜ぶ、そは我よはき時に強ければなり。 と大勝利をして、パウロは進んだのである。ハレルヤ!




その昔、若き日に歌ったリバイバル聖歌 276番に、「偉大なる医者」という讃美があった。

       ♪ 偉大なる医者は 神のみ子エス
        その奇しき力 今もかわらじ
        君なるエスは 悩めるわれに
        いと近くませば 心はやすし ♪

イエス・キリストの伝道の始めについて、福音書にこう記されている。

イエス徧くガリラヤを巡り、会堂にて教をなし、御国の福音を宣べつたへ、民の中のもろもろの病、もろもろの疾患(わずらひ)をいやし給ふ。その噂あまねくシリヤに廣まり、人々すべての悩めるもの、即ちさまざまの病、苦痛(くるしみ)とに罹れるもの、悪鬼に憑かれたるもの、癲癇および中風の者などを連れ来りたれば、イエス之を医したまふ。ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの彼方より大なる群衆きたり從へり。
 マタイ4:23~25

イエス・キリストの伝道は、言葉のみによらず、病の癒しをはじめ、徴・不思議・奇蹟など御業の伴うものであった。

今日の教会においても「イエス・キリストは、昨日も今日も永遠までも変わり給ふことなし」と、神の御業が為されるので、それを信じて神癒祈祷や様々な祈りを行っている。

そのため講壇にはオリーブ油の入った瓶が置かれ、礼拝後は神癒祈祷が行われている。家庭集会などの際には、聖徒方の中に病める方がいれば、求めに応じて紳癒祈祷をするので、それに備えて、牧師は聖書と共に油瓶を携行するのが常である。 

〇 我はヱホバにして汝を医す者なればなり 出エジプト15:26

〇 我の外には神なし 殺すこと 活すこと 撃こと 癒すことは凡て我是を為す 申命記32:39

〇 ヱホバはなんぢがすべての不義をゆるし 汝のすべての疾をいやし 詩篇103:3

〇 汝等のうち病める者あるか、その人、教会の長老たちを招け。彼らは主の名により其の人に油をぬりて祈るべし。さらば信仰の祈りは病める者を救はん、主かれを起し給はん。 ヤコブ5:14,15

〇 愛する者よ、我なんぢが霊魂の栄ゆるごとく汝すべての事に榮え、かつ健かならんんことを祈る。 ヨハネ第三;2





ルカ伝8:40~56には、主イエス・キリストが為された二つの奇蹟が記されている。

一つは、ヤイロの娘が死んだ時に、主が生き返らせた御業であり、もう一つは、十二年間出血が止まらなかった女性が、病の癒しを切に願って御許に來た時に、主の癒しの力を頂いて快癒したという証である。

この二つの御業を主イエス様の側からみると、前者は、ヤイロの懇願を受けて娘の病の癒しのために出向かれたところ、事態は深刻になり、死んだという知らせを受けられたが、進んで行かれ、死せる身に霊を還らせて、瞬時に生き返らせたという、圧倒的な神の力を示すものであった。

後者は、イエス様にとっても思いもよらぬ出来事であった。一人の婦人がイエス様の後ろから近付き、衣の総にさわったのだ。彼女は十二年間出血が止まらず、医者のために全財産を使い果たしたが癒やされず窮していた。イエス様が来られたのをみて、救っていただきたいという一念で側に行ったのだが、御前に平伏して懇願する勇気も無かったのであろうか、後ろに来て御衣の総に触った。それは「御衣だに触るならば癒やされる」と心の中に言ったのである。その瞬間、あゝ出血は止み、病はいやされた。

主は言われた『我に觸りしは誰ぞ』 みな否と答え、ペテロたちは『群衆囲みて押し迫るなり』と言ったが、主は言われた。『我に觸りし者あり、能力の我より出でたるを知る』
これを聞いたこの婦人は自分が隠れ得ぬことを知って、戦き來りて御前に平伏し、觸りし故と瞬時に癒えた事を、人々の前で語った。
イエス言ひ給ふ『むすめよ、汝の信仰なんぢを救へり、安らかに往け』

そして、主は進み行かれて、ヤイロの許に行き、亡くなったばかりの娘を甦らせられたのである。

私たちも主の御力を戴きたいことが多くある。その時は自らの心の中にある妨げる思いや、人の目を気にすることなく、只管幼子の如くに主に求め、信仰に固く立って祈り、願って行くのが幸いである。そして主が与えて下さる最高の物を頂いて喜び、大感謝、大讃美をしていこうと思うのである。

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