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        年の始めを 寿ぎて

          我らともども 祝わなん

          主もまた共に あれまして

          幸い給う この御殿(みとの)       

          -- 霊讃歌85番「新年礼拝」1節

● イザヤ書43:19      

視よ われ新しき事(わざ)をなさん

新しい年を迎えて望むのは何か。ただ主の栄光の顕われんことを望むのみ。

一人一人が主を仰ぎ、主に従い、水と霊の全き福音を宣伝えること。それに尽きると思う。

主は我らのためにこの年、新しい事を行ってくださる。「今や、それは芽生えている」 と新共同訳聖書にある。

北国の雪深い地にあっても、樹木の芽も花々の球根も早、春の備えをしているように、人知れずして主の御計画は着々と押し進められているのだ。

いざ、歩まん。365日の一歩一歩を!

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江別で伝道していた初期の頃に救われた A兄弟から手紙を頂いた。

小学生の時に教会に導かれて聖霊を受け、高校生の時に教会を尋ねてきて石狩川で洗礼を受けた兄弟である。

毎日約2時間、聖書拝読と祈りを続けているという。

兄弟は言う。こうして神に近づいて歩んでいるのは、洗礼を受けたことが大きいと。自分の体には父なる神、イエス・キリストの烙印が押されているゆえに他に行く気など全くなく、自分にとって牧師は一人、自分は牧される子羊。

今は独りで主と交わっているが、信仰生活は充実していると。

   わが友よ わが美しき者よ 起て出きたれ

   磐間にをり 断崖の匿処にをる わが鳩よ

   我になんぢの面を見させよ なんぢの声をきかしめよ

   なんぢの声は愛らしく なんぢの面はうるはし   雅歌2:13,14ー

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聖餐式

● マタイ伝26:17-30