● テモテ前書6:3~19

6 されど足ることを知りて敬虔を守る者は、大なる利益を得るなり。 7 我らは何をも携へて世に来らず、また何をも携へて世を去ること能はざればなり。 8 ただ衣食あらば足れリとせん。 9 されど富まんと欲する者は、誘惑と羂(わな)また人を滅亡と沈淪(ちんりん)とに溺す愚かにして害ある各様の欲に陥るなり。10 それ金を愛するは諸般の悪しき事の根なり、或る人々これを慕ひて信仰より迷ひ、さまざまの痛をもて自ら己を刺しとほせり。

11 神の人よ、なんぢらは此等のことを避けて、義と敬虔と信仰と愛と忍耐とを追い求め、12 信仰の善き戦闘をたたかへ、永遠の生命をとらへよ。汝これが為に召しを蒙り、また多くの證人の前にて善き言明をなせり。

17 汝この世の富める者に命ぜよ。高ぶりたる思ひをもたず、定めなき富を恃まずして、唯われらを楽ませんとて萬の物を豊に賜ふ神に依頼み、18 善をおこなひ、善き業に富み、惜しみなく施し、分け与ふることを喜び、19 斯くて己のために善き基を蓄へ、未来の備をなして真の生命を捉ふることを為せと。

”一年を裸で暮らすいい男”  言わずと知れた ”お相撲さん” を詠んだ川柳である。(昔は、"一年を十日で暮らすいい男" と言ったそうだ。)

日本の国技と言われ、老若男女を問わずフンが多い。その大相撲の人気がこの所陰っている。一頃のような一世を風靡した名力士は影を潜め、強いのは外人ばかりで、日本人で強い力士はなかなか出てこない。これが国技なのかと訝る声さえもある。

その大相撲の世界にまた嵐が吹き荒れた。一部の力士や親方が野球賭博に手を染めていたというニュースが流れ社会問題になった。一生懸命稽古に励む真面目な力士たちにとっては迷惑千万なことに違いない。膿を出し切って少年達も憧れる相撲社会になってもらいたいものである。

そもそもお金とは、物々交換時代ならいざ知らず、現代社会に於いては必要欠くべからざるものである。衣食住凡てがこれに関っている。何処へ行くにも、何をするにも必要なものである。それ故にお金が欲しいという誘惑が常に人に付き纏っている。

「おおよそ肉の欲・目の欲・所有の誇などは、御父より出づるにあらず、世より出づるなり ヨハネⅠ2:16 

とあるように、果てしない欲望は、悪魔からのものである。これに引き込まれたら、まるで蟻地獄に落ち込んだも同然となる。

アダムとエバは禁断の樹の実を食べて、神に対して罪を犯した。ダビデもウリヤの妻バテシバを見初め、彼女欲しさにウリヤを殺害した。イスカリオテのユダは銀貨30枚をもって主イエスを祭司長に売った。アナニアとサッピラの夫婦はお金惜しさと名誉心に駆られ、主の御霊を試みて打たれ、倒れて息絶えた。どれもこれも皆、サタンの誘惑に負けた結果である。

我らクリスチャンにとって、凡てのお金や富は神様が与えてくださるという意識と信仰を持つことが大切だと思う。必要に応じて神が与えてくださると信じ、求めて祈り、与えられたら感謝すればよいのである。

「オメルをもてこれを量るに 多く斂(あつ)めし者にも余るところなく 少なく斂めし者にも足らぬところ無かりき」 出エジプト記16:18

● ペテロ前書5:8,9

8 慎みて目を覚ましをれ、汝らの仇なる悪魔、ほゆる獅子のごとく歴廻(へめぐ)て呑むべきものを尋ぬ。 なんぢら信仰を堅うして彼を禦(ふせ)げ。

● エペソ4:27

悪魔に機会を得さすな

● ヤコブ書4:7

この故に汝ら神に服へ、悪魔に立ち向かえ、さらば彼なんぢらを逃げさらん。

聖餐式

●コリント前書5:6~8   同10:16,17   同11:23~26

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 今日は富山県出身のA 兄弟が救われました。転勤で札幌に来たばかりの方です。教会に導いたS 姉妹が、話をしてみるととても素直な方なので、ぜひ救われてくださいと勧めたら「はい」と返事をして、車で教会に来られたのです。福音を伝えてお祈りしたら直ぐに聖霊を受け、イエス・キリストの御名による洗礼と洗足を受け、とても喜んでいました。