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● コリント前書3:6,7

6 我は種(う)え、アポロは水灌げり、されど育てたるは神なり。7 されば種うる者も、水灌ぐ者も数うるに足らず、ただ尊きは育てたまふ神なり。

コリントの教会において、信者の或る者はアポロを、また或る者はパウロと言って自分の師事する教師を立て、他を蔑ろにする傾向があった.パウロはこういう考えは肉に属するものであって、世の人と変らないと言って厳しく戒め、神のみが我らの信仰を育てゝ下さる唯一のお方であると教えた。

● 使徒行伝19:8~20

11 神はパウロの手によりて尋常(よのつね)ならぬ能力ある業を行ひたまふ。12 即ち人々かれの身より或は手拭あるひは前垂をとりて病める者に著くれば、病は去り悪霊は出でたり。

神の癒しの御業は、昔も今も変らずに行われている。教会には癒しの賜物が主によって備わっており、講壇には神癒祈祷のためのオリーブ油が入った瓶が置かれている。病める信者は牧師に願い出て、牧師はその信者に油を塗り、手を按いて主イエス・キリストの名によってその病の癒されんことを祈るのである。そうすれば、主はその聖名の故をもって病を癒してくださる。

聖餐式

● マタイ傳26:36~56

「わが父よ、この酒杯もし我飲までは過ぎ去りがたくば、御意のままに成し給へ」


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   先週(7/3)証をした富山から転勤で札幌に来られたA 兄弟ですが、水と霊を受けて救われて直ぐに大口の契約が二つも取れたと証をされました。産業の祝福が約束されていますから感謝です。

  この兄弟を導いたS姉妹ですが、3年前に急に体調不良になり、初めは風邪かと思って近所の病院に行ったところ、詳しい検査を受けるように勧められ、その結果、急性白血病に罹り、悪性リンパ腫が幾つもでき、脾臓も腫れていることが分って、国立ガンセンターに入院しました。5カ月間抗がん剤治療を受け、髪の毛もすっかり抜けて痛々しい状態になりましたが、何度も神癒祈祷をしてきました。医師から脾臓の摘出手術を受けるように勧められ、どうしようかと牧師に相談したら、「手術を受けないように」と神の示しがあったので受けませんでした。

病状は一進一退で、入退院を繰り返し、試練を受けましたが、凡てイエス様の御意の中にあると信じてお祈りして来ました。その後、医師から「良い抗がん剤ができたから使いましょう」と話があったので待っていましたが、数が足りず自分には廻ってきませんでした。がっかりしていると、後で分ったのは、その抗がん剤は自分には合わないものだったのです。そして別の抗がん剤ができてそれを使って良い結果がでました。

同じ病気で一緒に入院した人たちの中で既に何人もの人が亡くなっているのです。姉妹は凡てイエス様に委ねて、力まず、主の憐れみを乞い祈って来ました。そして守られて、健康を次第に取り戻し、外出や買い物にも出れるようになり、教会にも来れるようになりました。また娘さんも姉妹を車に乗せてくるようになって、親子一緒に教会に集うようにもなりました。こう考えると神の恵みに感謝せざるを得ません。

この度病院でCT 検査の結果、リンパ腫がなくなり、脾臓も小さくなってきて、白血球や血小板の数値が上がっているという診断で、医師が「脾臓を取らなくて良かったですね」と言ってくれたとのことです。姉妹は病を通して、イエス様が身体を癒して下さるだけでなく、心の癒しも与えてくださるという得難い体験をしたと言います。元気になると共に伝道意欲も湧いて来て、色々な人にイエス様のことを証しています。

  今日の安息日礼拝に室蘭に住むN 姉妹が出席し、礼拝後にご先祖の身代り洗礼を受けました。姉妹が救われたのは9年前で、そのとき自分の洗礼後、母方の祖父母の身代り洗礼を受けました。

その後、父親が「うちの家系は良いことがない」とこぼしていたので、父方の先祖の身代り洗礼を受けようと思い、2年前に亡くなった祖母や曾祖父母、叔母方のために身代り洗礼を受けました。するとそれ以来、不思議に父の口癖だった「うちの家系は・・・」という愚痴が出なくなったと言います。

今度気づいたのは、母方の人たちが「どうしてうちの家系はこうなんだろう」と言っていることでした。確かに母親の家系には寝たきりの人が何人もいたり、破産や離婚などした人がいます。そこで前に身代り洗礼を受けた祖父母以外の母方の先祖のために身代わり洗礼を受けるなら、そういうことは無くなるだろうと思い、母親に話をして、先祖の名前と続柄を聞いて紙に書き、教会に持って来て、今日の身代り洗礼になりました。

今生きている親戚の人たちに伝道するのは勿論のことですが、亡くなった先祖の救いのためには身代り洗礼が備えられており、コリント前書10:29に「死人の為にバプテスマを受ける者」と記されていることですから、聖書に従ってこれを行えば亡き霊魂は黄泉から天に移され、代わって受けた信者も祝福され、主は聖言に伴うところの徴をもて、証を与えてくださいます。聖書の真理は、上から光が来て断行しなければ啓示されないものです。