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ペテロ之に『アイネヤよ、イエス・キリスト汝を医したまふ、起きて牀(とこ)を収めよ』と言ひたれば、直ちに起きたり。爰にルダ及びサロンに住む者みな之を見て主に帰依せり。 -使徒行伝9:33~35-

ペテロ彼等をみな外に出し、跪づきて祈りし後、ふりかへり屍體(しかばね)に向ひて『タビタ、起きよ』と言いひたれば、かれ目を開き、ペテロを見て起反れり。ペテロ手をあたへ、起して聖徒と寡婦(やもめ)とを呼び、タビタを活きたるままにて見す。この事ヨッパ中に知られたれば、多くの人、主を信じたり。 -同9:36~42-

使徒行伝には、正に奇蹟・不思議・徴が使徒たちによって行われたことが記されている。

使徒たちには、始めからこのような業を行う能力(ちから)があったかと言うと、そうではない。

主イエス・キリストが死人の中から甦りて後、天に昇り、弟子たちに聖霊を注がれた。その聖霊に能力があるのであって、弟子たちはみな上からの能力を受けて、キリストの証人として福音を証する者となったのだ。

その一人、ペテロも曾ては、水のを歩み風を見て怖れて、「ああ信仰うすき者よ、何ぞ疑ふか」-マタイ14:31- と主にきつく言われた人である。

また、十字架死を前にした主が「今宵、鶏鳴く前に三たび我を否むべし」と言われた時も、ペテロは「我なんぢと共に死ぬべきことありとも汝を否まず」と言いながら-マタイ26:34,35- 結局は、主を否んで鶏が鳴き、外に出て甚く泣いたペテロであった。-26:74-

その弱い者であったペテロも、一たび聖霊を受けるや、俄然、御霊に満たされて別人となり、怖れることなく、堂々と主を証して行ったのである。

主イエスは、「誠にまことに汝らに告ぐ、我を信ずる者は我がなす業をなさん、かつ之よりも大なる業をなすべし」と言われた。-ヨハネ14:12-

聖霊が降臨した時、この言葉は成就した。即ち、主イエス・キリストが為されたと同じ業が、ペテロや使徒たちによって為されたのである。

そして、今日の私たちもこの御言葉通りに、この業を行うことができるという事である。

信ずる者には此等の徴、ともなはん。即ち我が名によりて悪鬼を逐ひいだし、新しき言をかたり、蛇を握るとも、毒を飲むとも、害を受けず、病める者に手をつけなば癒えん」 語り終へてのち、主イエスは天に挙げられ、神の右に坐し給ふ。弟子たち出でて、徧く福音を宣伝へ、主も亦ともに働き、伴ふところの徴をもて、御言を確うし給へり。 -マルコ16:17~20-