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我また天より聲ありて『書き記せ「今よりのち主にありて死ぬる死人は幸福(さいはひ)なり』御霊も言ひたもふ「然り、彼等はその労役(はたらき)をやめて息(やす)まん。その業これに随ふなり」』と言ふを聞くけり。 -ヨハネ黙示録14:13- 

今週は、教団に在っては A 先生が召天されて、告別式が行われた。また道央教会にあっては、聖徒が召されて告別式が行われた。 主の御霊の導かるるままA先生の御葬儀には、ダビデが悲しみの歌をもて、サウルとヨナタンの死を惜しんで記した弓の歌より「嗚呼 勇士(ますらを)は仆れたるかな 戦の具(うつわ)は失せたるかな」-サムエル後1:27-の聖言を引用して弔電をお送りし、哀悼の意を表した。先生は常に大聖会を重んじ、水と霊の福音の使命に生きた良き教団人であられた。

道央教会で召された聖徒のことを言うと、96歳の姉妹である。このU 姉妹を知ったのは、昭和33年9月のこと。当時、札幌教会の信者であられた。始めは世の教会の信者であったが、主の導きに從い、移って来られたとのことだった。

その姉妹宅で家庭集会が開かれることになり、K牧師に誘われ、沖縄から来られたN 師と共に出席したのだが、この集会は私にとって運命的なものとなり、神の声を聞き「イエス之御霊教会教団」の牧師として踏み出す転機となったのである。

私が江別教会の牧師になった時に、重荷を持って匿名で献金を送り続けてくださったのもこの姉妹であった。 また札幌教会の御用の応援に行った時には、他の信者方に呼びかけて献金を募り、副牧師先生の手を通して与えて下さるなど、細やかな気遣いをなさる姉妹であった。

教会が別であるから、互いに弁えを持ち、大聖会などでお会いした時に挨拶を交わす程度であったが、いつの頃からか疎遠になっていた。

それがである。2年ほど前に道央教会のB姉が施設に入居している90歳の母親を看に行った時のこと、U姉妹の娘さんと玄関でばったり出会ったのである。親同士も娘同士も元々は同じ教会に通っていた仲であった。而も、今はどこの教会にも行かず、20年は経過しているという。そのことから交わりが始まり、皆さん道央教会に集うようになったのである。

ただ、娘さんは集われるようになったが、U姉妹だけは高齢で体が不自由なこともあって、教会に来れなかったのだが、全てに時あり。このたびご召天し、教会に搬送されてきて、人生の最後のひと時を教会で過ごされたのである。

施設で召される直前には「ハレルヤ」と声を出して祈り、その後眠るが如くに召されたとのこと。駆け付けた遺族の方々はほとんどが水と霊を受けている方々ばかり。そして、時間の多少にかかわらず、最後を愛する主の教会で天に送られたことは姉妹の喜びであったと思う。姉妹の霊に平安があるようにと主に祈った。

姉妹の愛歌は、聖歌の「キリストにはかえられません」と聞き、皆で歌ったのである。

姉妹が大好きで、娘さんやお嫁さんに絶えす語っていた聖書の御言葉は、
「神を愛する者、すなはち御旨によりて召されたる者の為には、凡てのこと相働きて益となるを我らは知る」-ロマ8:28-であった。

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