道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2009年06月

● ヨハネ傳:第4章19~26節

汝らは知らぬ者を拜し、我らは知る者を拜す、・・・・・神は靈なれば、拜する者も靈と眞とをもて拜すべきなり』

● ユダ書:3節下半句~4節

聖徒の一たび傅へられたる信仰のために戰はんことを勸むる書を、汝らに贈るを必要と思へり。 

● ユダ書:17節

愛する者よ、汝らは我らの主イエス・キリストの使徒たちの預じめ云ひし言を憶えよ。

● ユダ書:20, 21節

されど愛する者よ、なんじらは己が甚潔き信仰の上に徳を建て、聖靈によりて祈り、 神の愛のうちに己をまもり、永遠の生命を得るまで我らの主イエス・キリストの憐憫を待て。

● ヤコブ書:第5章7節下半句~8節

前と後の雨を得るまで耐忍びて待つなり。 汝らも耐忍べ、なんじらの心を堅うせよ。 主の來り給ふこと近づきたればなり。

● ヨハネ黙示録:第7章2節上半句~3節

また他の一人の御使の、いける神の印を持ちて日の出づる方より登るを見たり、・・・・・・『われらの神の僕の額に印するまでは、地をも海をも樹をも害ふな』

聖餐式

● マタイ傳:第26章17~30節

● テトス書:第3章5~7節

我らの行ひし義の業にはよらで、唯その憐憫により、更生の洗と我らの救主イエス・キリストをもて、豊に注ぎたまふ聖靈による維新とにて我らを救ひ給へり。 これ我らが其の恩恵によりて義とせられ、永遠の生命の望にしたがいて世嗣とならん爲なり。

● ヱレミヤ記:32章、33章より

◎ ユダの王ゼデキヤによって獄舎に拘留された預言者エレミヤの許に、いとこのハナムエルが来て言った。「私の畑を買い取ってください」と。 エレミヤは、購入証書を作り、証人を立てて銀17シケルで買取った。彼は書記バルクに命じて、証書と写しを焼物の器に納め、長く保管させた。このタイム・カプセルの意味する預言やいかに・・・・・・

汝は恩寵を千萬人に施し 又父の罪をその後の子孫の懐に報いたまふ 汝は大なる全能の神にいまして其名は萬軍のヱホバと申すなり (18節) 

みよ我はヱホバなり すべて血気ある者の神なり 我に為す能はざるところあらんや (27節)

われ彼らに一の心と一の途をあたへて常に我を畏れしめん こは彼らと其子孫とに福をえせしめん為なり (39節)

われ悦びて彼らに恩を施し 心を盡し精神をつくして 誠に彼らを此地に植べし (41節)

此邑は 地のもろもろの民の中において 我がために欣喜の名となり 頌美となり 栄耀となるべし 彼等はわが此民にほどこすところのもろもろの恩恵を聞ん 而してわがこの邑にほどこすところの諸の恩恵と諸の福祿のために發振へ 且身を動揺さん (33:9節)

聖餐式

● ロマ書:第5章14~15節

・・・・・アダムは來らんとする者の型なり。 然れど恩恵の賜物は、かの咎の如きにあらず、一人の咎によりて多くの人の死にたらんには、況して神の恩恵と一人の人イエス・キリストによる恩恵の賜物とは、多くの人に溢れざらんや。

● マタイ傳:第6章31~34節

まづ神の國と神の義とを求めよ、さらば凡てこれらの物は汝らに加へらるべし。

● 詩篇:第122編1~9節

人われにむかひて率ヱホバのいへにゆかんといへるとき我よろこべり・・・・・ヱルサレムのために平安をいのれヱルサレムを愛するものは榮ゆべし・・・・・

聖餐式

● コリント前書:第5章6~8節

・・・・・夫われらの過越の羔羊、即ちキリスト既に屠られ給へり、・・・・・眞實と眞との種なしパンを用ひて祭を行ふべし。

同書:第10章16~17節、 同書:第11章23~26節

● 詩篇:第46編1~11節

きたりてヱホバの事跡をみよ ヱホバはおおくの懼るべきことを地になしたまへり

● ヨハネ傳:第4章34~38節

・・・・・刈る者は、價を受けて永遠の生命の實を集む。 播く者と刈る者とともに喜ばん爲なり。 俚諺に彼は播き、此は刈るといへるは、斯において眞なり。 我なんじらを遣して勞せざりしものを刈らしむ。 他の人々さきに勞し、汝らはその勞を収むるなり』

● 使徒行傳:第24章1~5節 -真理を宣伝える者は、反対者から異端と思われている-

・・・・・我等この人を見るに恰も疫病のごとくにて、全世界のユダヤ人のあいだに騒擾をおこし、且ナザレ人の異端の首にして、・・・

● 使徒行傳:第24章14,15節

我ただ此の一事を汝に言ひあらわさん、即ち我は彼らが異端と稱ふる道に循ひて我が先祖たちの神につかへ、律法と預言者の書とに録したる事をことごとく信じ、かれら自らも待てるごとく義者と不義者との復活あるべしと、神を仰ぎて望を懐くなり。

聖餐式

● コリント前書:第11章23~26節

このページのトップヘ