道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2010年01月

● マタイ傳:第18章1~14節

・・・・・汝等いかに思うか、百匹の羊を有てる人あらんに、若しその一匹まよわば、九十九匹を山に遺しおき、往きて迷へるものを尋ねぬか。 もし之を見出さば、誠に汝らに告ぐ、迷はぬ九十九匹に勝りて此の一匹を喜ばん。 斯のごとく此の小き者一人の亡ぶるは、天にいます汝らの父の御意にらず。

● ピリピ書:第1章3~6節・12~18節

われらを憶ふごとに、我が神に感謝し、 常に汝ら衆(すべて)のために、願のつどつど喜びて願をなす。 是なんぢら初めの日より今に至るまで福音を弘むることに與るが故なり。・・・・・

● 使徒行傳:第16章(全章) 

ルデアと獄守(ひとやもり)の全家族が救われて、ピリピ教会の最初の実となる。

ピリピ書:第2章1~11節

なんぢら念(おもひ)を同じうし、愛を同じうし、心を合せ、思ふことを一つにして、我が喜悦(よろこび)を充たしめよ。(2節)・・・・・おのおの己が事のみ顧みず、人の事も顧みよ。(4節) 汝らキリスト・イエスの心を心とせよ。(5節)・・・・・反つて己を空しうし僕の貌(かたち)をとりて人の如くなれり。(7節)・・・・・

● ピリピ書:第4章4~7節

汝ら常に主にありて喜べ、我また言ふ。なんぢら喜べ。・・・・・

聖餐式

● ヨハネ第一書:第4章9~10節

神の愛われらに顯れたり。 神はその生み給へる獨子を世に遣し、我等をして彼によりて生命を得しめ給ふに因る。 愛といふは、我ら神を愛せしにあらず、神われらを愛し、その子を遣して我らの罪のために宥の供物となし給ひし是なり。

● ヨハネ第一書:第4章1~16節

・・・・・我らに對する神の愛を我ら既に知り、かつ信ず。神は愛なり、愛に居る者は神に居り、神も亦かれに居給ふ。

● イザヤ書:第58章(全書)

わが悦ぶところの断食はあくの縄をほどき 軛(くびき)のつなをとき 虐げらるゝものを放ちさらしめ すべての軛ををるなどの事にあらずや・・・・・(6節)

ー安息日を守ることによって主より与えられる祝福の約束ー (13,14節)

● ガラテヤ書:第5章16~26節

我いふ、御靈によりて歩め、さらば肉の慾を遂ざるべし。・・・・・

聖餐式

● コリント前書:11章17~35節

● コリント後書:第3章1~3節

・・・・・汝らは即ち我らの書(ふみ)にして我らの心に録され、又すべての人に知られ、かつ讀まるるなり。 汝らは明かに我らの職(つとめ)によりて書かれたるキリストの書なり。 而も墨にあらで活ける神の御靈にて録され、石碑にあらで心の肉碑に録されたるなり。

● マタイ傳:第18章18~20節

・・・・・汝等のうち二人、何にても求むる事につき地にて心を一つにせば、天にいます我が父は之を成し給ふべし。二 三人わが名によりて集る所には、我もその中に在るなり』

ヨハネ傳:第14章13,14節

・・・・・何事にても我が名によりて我に願はば、我これを成すべし。

● ヨハネ傳:第16章23,24節

・・・・・なんぢら今まで何をも我が名によりて求めたることなし。 求めよ、然らば受けん、而して汝らの喜悦みたさるべし。

● ヤコブ書:第4章13~18節

汝等のうち病める者あるか、その人、教會の長老たちを招け。 彼らは主の名により其の人に油をぬりて祈るべし。さらば信仰の祈は病める者を救はん、主かれを起し給はん、(14節)

・・・・・エリヤは我らと同じ情をもてる人なるに、雨降らざることを切に祈りしかば、三年六个月のあひだ地に雨降らざりき。 期て再び祈りたれば、天雨を降らし、地その果を生ぜり。(17,18節) 

● ヨハネ傳:第5章24節

わが言を聞きて我を遣し給ひし者を信ずる人は、永遠の生命をもち、かつ審判に至らず、死より生命に移れるなり。        

● ヨハネ傳:第3章16節

それ神は獨子を賜ふほどに世を愛し給へり、すべて彼を信ずる者の亡びずして永遠の生命を得んためなり。

聖餐式

● マルコ傳:第14章12~26節

● 使徒行傳:第2章1~4節 

・・・・・彼らみな聖靈にて満たされ、御靈の宣べしむるままに異邦の言にて語りはじむ。

● イザヤ書:第2章1~22節 ⇒ 真の教会出現の預言

すゑの日にヱホバの家の山はもろもろの山のいたゞきに堅立ち もろもろの嶺よりもたかく舉り すべての國は流れのごとく之につかん おほくの民ゆきて相語いはん 率われらヱホバの山にのぼりヤコブの神の家にゆかん 神われらにその道ををしへ給はん われらその路をあゆむべしと そは律法はシオンよりいで ヱホバの言はヱルサレムより出べければなり・・・・・

聖餐式

● へブル書:第9章11~22節

新年聖会 第1日 安息日礼拝

エペソ書第1章3~14節

その血に頼りて贖罪、すなはち罪の赦しを得たり (7節)

彼を信じて約束の聖靈にて印せられたり。これは我らが受くべき嗣業の保障にして、神に属けるものの贖はれ、かつ神の榮光に譽れあらん爲なり (13,14節)

ルツ記全章

聖餐式

● マタイ傳26章17~30節

新年礼拝

道央イエス之御霊教会の今年の聖言は、023a_3

 われ必ず、なんぢを恵み恵まん、なんぢを殖(ふや)し殖さん                                                      ーヘブル書6章14節ー

です。             

この聖言は、創世記22章15~18節で、主の使者がアブラハムを呼んで告げた、神が彼を諭して言われた聖言に基づいています。

それは、アブラハムが、「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクをつれてモリアの地へ行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げものとしてささげなさい」 という神の命令に従った後に、彼が頂いた聖言でした。

神の命じられた聖言に従うことは、神を喜ばせることであり、神の祝福に与る道であります。

私たちの内には神の御霊が宿り居給うゆえに、主は片時も離れることなく常に共にいてくださいます。この年も主を見上げ、信仰と希望と愛に溢れて、力強く歩んで参りましょう。 ハレルヤ\

聖餐式

● ヨハネ傳第6章47~59節

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