道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2011年01月

  

Photo 冬の会堂

● マタイ伝24章 (全章)

14 御国のこの福音は、もろもろの國人に證をなさんために全世界に宣傳へられん、而して後、終は至るべし。

42 さらば目を覚しをれ、汝らの主の来る日は、何れの日なるかを知らざればなり。

● テサロニケ前書5:1-11

3 人々の平和無事なりと言ふほどに、滅亡にはかに彼らの上に来らん、妊める婦に産の苦痛の臨むがごとし。必ず遁るることを得じ。

ロマ書13:11-14

11 今は眠より覚むべき時なり。始めて信ぜし時よりも今は我らの救近ければなり。12 夜ふけて日近づきぬ。然れば我ら暗黒の業をすてて光明の甲を著るべし。

● エペソ書5:14

眠れる者よ、起きよ、死人の中より立ち上れ、然らばキリスト汝を照し給はん

● ペテロ後書3:3-14

9 主その約束を果たすに遅きは、ある人の遅しと思ふが如きにあらず、ただ一人の亡ぶるをも望み給はず、凡ての人の悔改めに至らんことを望みて、汝らを永く忍び給ふなり。

● ヨハネ黙示録22:17,20

17 御霊も新婦(はなよめ)もいふ 『来たりたへ』 聞く者も言へ 『きたり給へ』 と、渇く者はきたれ、望む者は價なくして生命の水を受けよ。

20 これらの事を證する者言ひ給ふ 『然り、われ速やかに到らん』 アメン、主イエスよ来たりたまへ。

★ 主イエス・キリストの再臨は近い。何時であるかは父のみぞ知る。我らの為すべきことは何か。福音を周囲の人から始めて全世界に宣伝えること。主は選びに適う人を救ってくださる。

目覚めよ! 目覚めよ! 目を覚まして水と霊の福音を宣伝へよ!

聖餐式

● へブル書13:11-13

11 大祭司、罪のために活物(いきもの)の血を携へて至聖所に入り、その活者の體は陣営の外にて焼かるるなり。12 この故にイエスも己が血をもて民を潔めんが為に、門の外にて苦難を受け給へり。13 されば我らは彼の恥を負ひ、陣営を出でてその御許に往くべし。

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ヨハネ伝14:14

何事にても我が名によりて我に願はば、我これを成すべし

救われて初めて聖書を手にした時、牧師から「この聖言を暗記すると良いですよ」と言われた思い出がある。そして自分の信仰の大切な部分になっている。読むたびに味わい深く、祈れば主が必ず応えてくださると確信が湧き上がる。

● ヨハネ伝15:16.17

汝ら我を選びしにあらず、我なんぢらを選べり。而して汝らの往きて果を結び、且その果の残らんために、又おほよそ我が名によりて父に求むるものを、父の賜はんために汝らを立てたり。

証  ー I 姉妹のこと ー

ずいぶん昔のことになるが、東京から札幌に I 姉妹がやってきた。教会のN師の夫人が二児を遺して天に召されたので、村井師ご夫妻の紹介により、その養育と家事を兼ねて住み込みで来られたのである。

I 姉妹は、天涯孤独の身で独身を通し、あちらこちらの家のお手伝いをしてこられたのだった。当時40代半ばでいつも微笑みを絶やさず、優しく子供たちや周囲の人たちに接していた。

二年程して、N師が新しい夫人と再婚したので、程なくここを去って東京へ戻って行ったのだが、風の便りに姉妹のその後のことを聞くことがあった。

東京へ戻った姉妹は、ある家庭にお手伝いさんとして住み込むことになるのだが、その近所にK姉妹が住んでおられた。K姉妹はイエス様を篤く信じ、安息日礼拝を守り教会に通っていたのだが、その頃視力が衰え、耳も遠くなり、一人で教会に通うことはできなくなっていた。

その時、近所の家にお手伝いとしてきた I 姉が、札幌で教会にいたことを聞き、そういう人ならばぜひ家にきて自分の手助けをして欲しいと思い、ご主人にご近所の方にその旨を伝えて、自分の希望を叶えて欲しいと懇願したのだった。

姉妹の再三の頼みに、ご主人は腰をあげ、ご近所の方に何度か掛け合い、本人に聞いてみましょうという返事で手がかりを得たが、I 姉妹の始めは返事は「ノー」であった。疲れていたし、安住の地を得たので動きたくなかったのである。

でも、K姉妹の祈りと願いは止まず、I 姉妹が断りの口実作りで無理な事を言ったところ、それも適えてあげましょうと言われ、とうとう断りきれず遂に I 姉妹は、K姉妹の家に移ることになった。誠に神の導きであった。

I 姉妹は、安息日毎にK姉妹の手を引いて教会に通い、帰宅するとその日に開かれた聖書の個所を開き、説教の内容を話して聞かせ、一緒に祈る生活を続けていた。

やがて、ご主人も心が開かれて教会に通うようになり、水と霊の救いに与った。そして「これからは僕も教会に行くよ」と言って、代わり番に教会に通うようになった。

K姉妹が高齢となり、天に召されたので、I 姉妹はご主人に暇乞いを求めたが、ご主人は「あなたは、家内を大切にしてくれた。今度は私たちがあなたを大切にする番だから、外に行くなどと言わず、ずっと居てよいし、何をしても良いです」と言ってくださり、資産の一部まで与えて善き報いをして下さった。 更に御主人亡き後も息子さんが遺志を継いで大切にして下さったという。 ハレルヤ!

● ヨハネ第一書5:14,15

14 我らが神に向ひて確信する所は是なり。即ち御意にかなふ事を求めば、必ず聴き給ふ。15 斯く求むるところ、何事にても聴き給ふと知れば、求めし願ひを得たる事をも知るなり。

聖餐式

● へブル書9:11-22

15 彼は新しき契約の中保(なかだち)なり。これ初の契約の下に犯したる咎を贖ふべき死あるによりて、召されたる者に約束の永遠の嗣業を受けさせん為なり。  

P1000782  雪の晴れ間

ガラテヤ書より

3:2 汝らが御霊を受けしは律法の行為に由るか、聴きて信じたるに由るか。3 汝らは斯くも愚かなるか、御霊によりて始りしに、今肉によりて全うせらるるか。

世には福音と語るものが多々ある。しかし人を救う福音はただ一つ、真の福音である。

初代キリスト教会時代、神に選ばれて異邦人伝道の使徒となったパウロは、イエスが神の子、キリストなることを黙示で示され、律法に仕える者から転じて福音に仕える者となった。

その後、彼が伝道し福音の種を播いたガラテヤの教会に、あろうことか偽兄弟が忍び込み、律法を守らねば義とされないと説き、これに耳を傾ける者が出てきたのである。

これでは、パウロの伝道が徒労に帰する。速やかにその悪しき根を絶たねばならぬと彼は筆を執って手紙を書き送ったのである。

パウロはそれを「異なる福音」と呼び、「我らの曽て宣伝へたる所に背きたる福音を宣伝ふる者あらば詛はるべし」 1:8,9 と警告した。

彼はここで律法の虚しいものであることを説く。これは完璧に守らなければ義とされない。律法は罪とは何であるかを示しているが、悲しいかな人にはこれを守る力がない。全ての人は皆罪の奴隷であることを知るが、救われることはないと。

むしろ、彼はここでアブラハムの信仰を讃歌する。

「なんぢに由りて、もろもろの国人は祝福せられん」と。3:8 また、義人は信仰によりて生くべし」と。3:11

アブラハムは、その信仰を義とせられ、神との契約の徴として割礼を受けた。

今この新約時代においてはどうか。信仰のみではない。信仰の果てに更に大いなる祝福がある。これぞ、主イエス御自身が語られた「水と霊」のバプテスマを受けて神の国に入る新生の道である。

パウロがガラテヤの教会に書き送った手紙の所以はここにある。

律法はモーセによりて与えられ、恩恵と真理とはイエス・キリストによりて来たれるなり。 ー ヨハネ伝1:17 ー

ただ貴きは新に造らるる事なり ーガラテヤ書6:16ー

聖餐式

● ガラテヤ書3:13,14

13 キリストは我等のために詛はるる者となりて律法の詛ひより我らを贖ひ出し給へり。録して「木に懸けらるる者は凡て詛はるべし」と云へばなり。14 これアブラハムの受けたる祝福のイエス・キリストによりて異邦人におよび、且われらが信仰に由りて約束の御霊を受けん為なり。

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港伝道で今年最初のロシア人が二名救われました。連日の降雪と地吹雪のため高速道路は寸断されることがありますが、粘り強く伝道すればイエス様は救われる霊魂を与えてくださいます。

P1000772__2  安息日の朝を迎えて

● 申命記6:1-13

イスラエルよ聴け我らの神エホバは唯一のエホバなり 汝心を尽し精神を尽し力を尽して汝の神エホバを愛すべし

以前イスラエルに行った時、ホテルの部屋の入口に S と書かれた小さな小箱が付けられているのを見た。これはメズーサと言ってその中に上記の聖言が入っている。Sとは、シーマ(聴け)の頭文字で、大切なこの聖言を忘れることがないように、文字通り 9 また汝の家の柱と汝の門に書記すべし の聖言に従って付けられている。

● 申命記10:12、13

12 イスラエルよ今汝の神エホバの汝に要めたまふ事は何ぞや 惟是これのみ 即ち汝がその神エホバを畏れその一切の道に歩み之を愛し心を尽し精神を尽して汝の神エホバに事へ 13 又我が今日汝らに命ずるエホバの誡命(いましめ)と法度(のり)とを守りて身に福祉(さいわい)を得るの事のみ

神を愛し、その聖言を守れば、幸いを得るとある。常道の祝福を得る道である。

イエス・キリストは、ヨハネ伝13:34で、新しい誡命として人を相愛する事を教えて下さった。救霊に励むことがその最たるものであろう。

● ルカ伝10:38-43

42 無くてならぬものは多からず、唯一つのみ、マリヤは善きかたを選びたり。此は彼より奪ふべからざるものなり。

いつも主の御側近くに在って、聖言を慕うものでありたい。

● ルカ伝17:11-19

18 この他国人のほかは、神に栄光を帰せんとて帰りきたる者なきか。

いつも神に栄光を帰し、感謝するものでありたい。

聖餐式

● イザヤ書53章4-12

12下 彼はおのが霊魂(たましひ)をかたぶけて死にいたらしめ 愆(とが)あるものとともに数えられたればなり 彼はおほくの人の罪をおひ 愆あるものの為にとりなしをなせり

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クリスマスと正月を実家で過ごそうと、イタリアから T 姉妹がご家族で帰省されました。

クリスマスも新年礼拝も教会に集い、主を崇めて讃美されましたが、帰国前に、朝の祈祷会に出席して、たっぷりと且つ十二分にお祈りをして行かれました。始めは霊の渇きを覚えていたようでしたが、祈るうちに御霊に満たされ、異言がどんどん出て、豊かな神様との交わりに入れられていくのが分かりました。

やはり、教会は祈りの家であり、神の臨在が濃厚であること、何よりも教会は、地上における霊魂の故郷であると思います。

           2011_2        P766__2   

 

        年の始めを 寿ぎて

          我らともども 祝わなん

          主もまた共に あれまして

          幸い給う この御殿(みとの)       

          -- 霊讃歌85番「新年礼拝」1節

● イザヤ書43:19      

視よ われ新しき事(わざ)をなさん

新しい年を迎えて望むのは何か。ただ主の栄光の顕われんことを望むのみ。

一人一人が主を仰ぎ、主に従い、水と霊の全き福音を宣伝えること。それに尽きると思う。

主は我らのためにこの年、新しい事を行ってくださる。「今や、それは芽生えている」 と新共同訳聖書にある。

北国の雪深い地にあっても、樹木の芽も花々の球根も早、春の備えをしているように、人知れずして主の御計画は着々と押し進められているのだ。

いざ、歩まん。365日の一歩一歩を!

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江別で伝道していた初期の頃に救われた A兄弟から手紙を頂いた。

小学生の時に教会に導かれて聖霊を受け、高校生の時に教会を尋ねてきて石狩川で洗礼を受けた兄弟である。

毎日約2時間、聖書拝読と祈りを続けているという。

兄弟は言う。こうして神に近づいて歩んでいるのは、洗礼を受けたことが大きいと。自分の体には父なる神、イエス・キリストの烙印が押されているゆえに他に行く気など全くなく、自分にとって牧師は一人、自分は牧される子羊。

今は独りで主と交わっているが、信仰生活は充実していると。

   わが友よ わが美しき者よ 起て出きたれ

   磐間にをり 断崖の匿処にをる わが鳩よ

   我になんぢの面を見させよ なんぢの声をきかしめよ

   なんぢの声は愛らしく なんぢの面はうるはし   雅歌2:13,14ー

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聖餐式

● マタイ伝26:17-30

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