道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2011年12月

:2011年12月31日

  2011年 最後の安息日礼拝

ヱホバ言ひ給ふ 新月ごとに安息日ごとによろずの人わが前にきたりて崇拝(をがみ)をなさん     -イザヤ書66:24-

すべての生るものに食物をあたへたまふ者にかんしゃせよ その憐憫はおこしへに絶ゆることなければなり 天の神にかんしゃせよ その憐憫はとこしへに絶ゆることなければなり     -詩篇136:25,26- 
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今年は、色々な出来事がありました。その中で私たちは主によって守られ、導かれてきたことを感謝します。

救われていればこそ、生きていればこそ、この恵みの高さ、広さ、深さが分かります。

なお、この福音を隣人から始めて全世界へ宣伝える者でありたく思います。

御礼!

今年も読者の皆様が、このブログを読んで下さいましたことを感謝します。

また、Google, Yahoo を始め、多くの検索会社がUPしてくださったことを感謝します。

どうか、皆様お元気で良き年をお迎え下さい。

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ルカ伝1:26~38  ● マタイ伝1:18~25  ● イザヤ書7:14

● ヨハネ伝1:9~18

  主の御降誕を祝い、救いの御業が更に為されるよう祈ります。

◎ 聖餐式 イザヤ書53章拝読

感謝! 

天気予報では札幌周辺はクリスマス前からずっと雪マーク[E:snow]で、24日の安息日は暴風雪[E:typhoon]、25日のクリスマスも降雪とのこと。どうなることかなと思っていました。

近隣の千歳では欠航が二十数便出たとか、小樽では26cm雪が降ったとかニュースが流れました。

一方、札幌は両日とも曇り空[E:cloud]でしたが、穏やかな天気に恵まれ、車や徒歩で教会に来られる兄弟姉妹方もそれぞれ何ら支障なく集い、大層喜んでいました。クリスマスは大勢集われ、本当に感謝です。

ヱホバをほめたゝへ ヱホバに感謝せよ そのめぐみはふかく その憐憫(あはれみ)はかぎりなし たれかヱホバの力ある事跡(みわざ)をかたり その讃むべきことを悉とくいひあらはし得んや   -詩篇106:1,2-

1 ヱホバに感謝せよヱホバはめぐみふかしその憐憫はとこしへに絶ゆることなければなり ・・・  23 われらが微賤(いやし)かりしときに記念したまへる者にかんしゃせよ その憐憫はとこしへに絶ゆることなければなり ・・・  26 天の神にかんしゃせよその憐憫はとこしへに絶ゆることなければなり    -詩篇136全篇-

2011年も余す所あと僅か。主の豊な恵みに与った年であったことを感謝する。

今年は、東日本大震災・東京電力福島第一原発事故を始め色々な出来事が国の内外に起きた年だった。 世の末の近きを思わされたが、未だ終わりには非ず、異邦人の数満ちる日までは、時は保たれている。

水と霊の全き福音を全世界に宣伝え終るまでは努め励むことが我らに与えられている使命だ。

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 汝らの戦にあらず ヱホバの戦なればなり 歴代史略下20章より-

モアブ、アンモンおよびセイル山の連合軍がユダに攻め寄せて来た時の事、ユダの王ヨシャパテは恐れ、主に助けを求めることを決意し、民を集めて、神殿でこう祈った。

「わたしたちの先祖の神、主よ。あなたは天にいます神、異邦人の国をすべて支配しておられる方ではありませんか。御手には力と勢いがあり、あなたに立ち向かうことのできる者はいません。わたしたちの神よ、あなたはあなたの民イスラエルの前からこの地の先住民を追い払い、この地をあなたの友アブラハムの子孫にとこしえにお与えになったではありませんか。彼らはここに住み、ここにあなたの御名のために聖所を建てて言いました。もしわたしたちが裁きとして剣、疫病、飢饉などの災いに襲われたら、この神殿にこそ御名がとどめられているのですから、この神殿の前で御前に立ち、苦悩の中からあなたに助けを求め叫びます。あなたはそれに耳を傾け、救ってください。・・・・・わたしたちには、攻めて来るこの大軍を迎え撃つ力はなく、何をなすべきか分からず、ただあなたを仰ぐことしかできません。」

時に、その会衆の中にヤハジエルという預言者がいたが、主の御霊が臨んで言った。

「主はあなたたちにこう言われる。『この大軍を前にしても恐れるな。これはあなたたちの戦いではなく、神の戦いである。明日敵に向かって攻め下れ。そのときあなたたちが戦う必要はない。堅く立って、主があなたたちを救うのを見よ。ユダとイスラエルの人々よ、恐れるjな。明日敵に向かって出て行け。主が共にいる。』」

これを聞いて、ヨシャパテ王と民は主の御前に伏して礼拝し、讃美を献げた。

翌朝、王は民と協議したうえで、讃美をする者を任命して先頭に立たせ、こう言わせた。

「主に感謝せよ、その慈しみはとこしえに。」

皆が喜びと讃美の歌をうたいはじめると、主は敵軍に伏兵を向けられたので、彼らは敗れ、更に同士討ちをし始め、遂に自滅してしまった。

あとに残ったのは、家畜や装備、衣類、宝物などの戦利品だった。それを取り去るのに三日かかった。

そして四日目、王と民はベラカ(感謝)の谷に集まり、喜び祝いながらエルサレムに帰った。

私たちは、祈りと讃美の尊さを知る。全てが感謝となる。 ハレルヤ !!

                      -以上、新共同訳聖書による-

に言はん、汝ら主にありて其の大能の勢威に頼りて強かれ。悪魔の術に向ひて立ち得んために、神の武具をもて鎧ふべし。・・・   -エペソ6:12~18-

  A 

 

何事にても我が名によりて我に願はば、我これを成すべし。   -ヨハネ14:14-

また為す所の凡ての事あるひは言あるひは行為みな主イエスの名に頼りて為し、彼によりて父なる神に感謝せよ。   -コロサイ書3:17-

汝らの中もし智慧の欠くる者あらば、咎むることなく、また惜む事なく、凡ての人に與ふる神に求むべし、然らば與へられん。但し疑ふことなく、信仰をもて求むべし。疑ふ者は、風に動かされて飜へる海の波のごときなり。斯る人は、主より何物をも受くと思ふな。斯る人は二心にして、その歩むところの途定りなし。   -ヤコブ書1:5~8-

汝らのうち病める者あるか。その人、教会の長老たちを招け。彼らは主の名により其の人に油をぬりて祈るべし。さらば信仰の祈りは病める者を救はん、主かれを起し給はん。   -同書5:14,15-

誠に汝らに告ぐ、人もし此の山に 「移りて海に入れ」 と言ふとも、其の言ふところ必ず成るべしと信じて、心に疑はずば、その如くなるべし。この故に汝らに告ぐ、凡て祈りて願ふ事は、すでに得たりと信ぜよ、然らば得べし。   -マルコ伝11:22~24-

我らが神に向ひて確信する所は是なり、即ち御意にかなふ事を求めば、必ず聴き給ふ。斯く求むるところ、何事にても聴き給ふと知れば、求めし願を得たる事をも知るなり。     -ヨハネ第一書5:14,15-

私たちクリスチャンは、祈りの生活をしています。毎日朝起きてから夜寝るまで、神を意識し、神の御前に祈りをささげ続けています。

神の栄光が現れる事を祈り、人々が救われる事を祈り、自らが主に用いられる事を願って祈ります。

病が癒されるように祈り、必要が満たされるように祈り、学びが祝されるように祈ります。

主より力を頂き、弱い部分が強められ、主の榮光が拝されるように願って祈ります。その凡てが神の御前に届き、聴かれ、感謝となるのです。

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証-1 去る7月に救われたプロゴルファーのK兄弟は、ファイナルQTで好成績を収め、来年度のトーナメントの出場資格を得ました。喜びの声がブログに載っていましたので、紹介します。

   「・・・とても落ち着いてプレーできました。楽しむ事さえできました。

   状況は厳しいが、自分の求める事に集中して、不安や怖れから解放されたのだと思います。

   求めよ、さらば与えられん。

   自分の目標を強く求める。そして信じる。故に楽しむ。

   『信楽ゴルフ』 と命名して(笑い)キャデイのTと共に求めるプレーをしました。

   来年度は、優勝を目標に求めて行きます。・・・

   感謝 」

K兄弟、おめでとう!

証-2 新しくできた道南教会の宮越先生が、先日道央教会に来られたので、副牧師が一緒に小樽港へ外国人伝道に行きました。丁度ロシア船が入っていて、ルーマニア人の船長とフィリッピン人の船員の二人を教会に導くことができました。

二人ともお祈りして聖霊を受けました。

洗礼は、船長は水が冷たく、自分は心臓が悪いので今回は受けないというので、次回、夏に来た時に受けましょうと約束しました。

フィリッピン人の船員は、フィリッピンのバプテスト教会で三位一体の「父と子と聖霊の名」による洗礼を受けていると言いましたので、真の神の名は「イエス」であることを聖書を開いて説き、「主イエス・キリストの名」によって真の洗礼を受けるように勧めましたら、従って下さり、感謝の中に洗礼と洗足を受けました。

宮越先生は、函館にも外国船が入ってくるので、道央教会ではどのようにして伝道しているのか、体験伝道を願っておられました。協力してこの度の伝道ができたことを互に感謝します。

これからは函館でも港に行ってみると言って帰って行かれました。

私たちは、「全世界に福音を宣伝へよ」との主の御命令に従うのみです。

伝道の意欲に燃えた御霊の役者・新約の役者が北海道に遣わされてきたことを主に感謝し、宮越先生の伝道が祝されるように祈ります。

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-使徒行伝10章より-

なんぢの祈と施儕(ほどこし)とは、神の前に上りて記念とせらる。今ヨッパに人を遣はしてペテロと称ふるシモンを招け・・・

イタリヤからイスラエルのカイザリヤに来た百卒長のコルネリオ、彼はこの地で眞の神を信じた。そして全家族と共に神を畏れ、民に施儕をし、日々祈りをささげていた。このことを神は喜び、彼に真の救いを与えようとされ、御使いを遣わして、ペテロを招いて福音を聞かしめんとし給うたのである。

ペテロ、立て、屠りて食せよ・・・神の潔め給ひし物を、なんぢ潔からずと為な

ヨッパの町でペテロは、天から降ってくる器を見た。それには、諸々の汚れた動物が入っていた。モーセの律法に定めたイスラエル人が口にしてはならない物である。

それを食せよとは、イスラエル人が交わりせぬ異邦人を受け入れよという意味であるとペテロは知った。

われ今まことに知る。神は偏ることをせず、何れの國の人にても神を敬ひて義をおこなふ者を容れ給ふことを。

ペテロは、コルネリオと全家族、朋友を前にして、主イエス・キリストの福音を語った。

ペテロ尚これらの言を語りをる間に、聖霊、御言をきく凡ての者に降りたまふ。ペテロと共に來りし割礼ある信者は、異邦人にも聖霊の賜物のそそがれしに驚けり。そは彼らが異言をかたり、神を崇むるを聞きたるに因る。

神は、コルネリオたちに聖霊を降された。ペテロと共に行ったヨッパの兄弟たちも眼前で異邦人に聖霊の賜物を注がれるのを見た。どうしてそれが分かったのか。それは、自分たちと同様に彼らが受霊の徴として異言を語るのを聞いたからである。

爰にペテロ答へて言ふ 『この人々われらの如く聖霊をうけたれば、誰か水を禁じて其のバプテスマを受くることを拒み得んや』 遂にイエス・キリストの御名によりてバプテスマを授けられんことを命じたり。

主イエス・キリストがニコデモに語られたように 『水と霊』 を受けることこそが新生の道であり、これによって人の救いは全うされるのである。   ヨハネ伝3:5-

写真 : ペテロが天の異象を見たヨッパの皮なめしシモンの家の屋上(左)、 門(右) -1989年の聖地伝道旅行で-

新刊掲載 → 「御霊の声」に 証-6 聖別祭 を載せました。  http://dooh-imk.info

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