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われ善き戦闘(たたかひ)をたたかひ、走るべき道程を果し、信仰を守れり。今よりのち義の冠冕(かんむり)わが爲に備はれり。かの日に至りて正しき審判主(さばきぬし)なる主、これを我に賜はん、啻(ただ)に我のみならず、凡てその顕現(あらはれ)を慕ふ者にも賜うべし。 -テモテ後4:7,8-

一人の主を愛する聖徒が天に召された。Y 姉妹である。地上の旅路は91歳の天寿を全うされた。

60年前の昭和28年の初夏、Y 姉妹は水と霊の福音を聞いた。語った方は東京から札幌の教会のお手伝いに来られたA 姉妹である。僅か1ヵ月余りの滞在であったが、その間に出会いがあった。そこから伝道が始まり、Y 姉妹は聖霊と洗礼を受けて救われた。そして全家と共に主を信じて歩み続けた。

ヱホバの聖徒の死はそのみまへにて貴(とふ)とし -詩篇116:15-

我また天より聲ありて『 書き記せ「今よりのち主にありて死ぬる死人は幸福(さいはひ)なり」御霊も言ひたまふ「然り、彼らはその労役(はたらき)を止めて息(やす)まん。その業これに随ふなり」』と言ふを聞けり -黙示録14:13-

水と霊とを以って救われた者は、真に幸いである。その名は生命の書に記され、永遠に記念される。

主イエス・キリストの再臨の日には墓より甦り、栄光体とされて、千年の間王たる身分とばり、新天新地を嗣ぐ者とされるのだ。

我らは、主の十字架の故に罪赦されて神の子となり、永遠の生命を与えられたことを思いみ、深き神の愛を感ずる。

汝は遐齢(よきよはひ)におよびて墓にいらん 宛然(あたかも)麥束を時にいたりて運びあぐるごとくなるべし -ヨブ5:26-