道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2014年06月

     Photo  札幌市・藻岩山頂より

讃むべきかな、我らの主イエス・キリストの父なる神、かれはキリストに由りて霊のもろもろの祝福をもて天の處にて我らを祝し、御前にて潔く瑕なからしめん為に、世の創の前より我等をキリストの中に選び、御意のままにイエス・キリストに由り愛をもて己が子となさんことを定め給へり。是その愛しみ給ふ者によりて我らに賜ひたる恩恵の栄光に譽あらん爲なり。 -エペソ1:3~6-

今日の安息日礼拝は、霊讃歌の讃美と異言の祈りの後、期せずして証会となりました。

兄弟姉妹に、それぞれに救われた時の証をして頂きました。

教会で開いた伝道会で救れた人、親戚や友人に誘われて救われた人、結婚を機に相方に導かれて救われた人、他の教会に通っていたが、何か違うと感じて本当の教会を探し求めていた人・・・。

など動機は様々でしたが、帰する所は一つ、「世の創の前より我等をキリストの中に選び」と、神に選ばれて教会に来て、水と霊とのバプテスマを受けて救われたことです。

ですから、人として誇るところは一つもなく、全ての栄光を主イエス・キリストに帰すのみです。ハレルヤ!

◎ 先日は、江別伝道をしていた頃に救われたA兄弟から電話がありました。

兄弟が言われるには、もう50年以上も前の少年時代に親に連れられて江別の教会に行き、石狩川で洗礼を受けました。その後成人してから一人で車でクリスマスに教会へ行きましたが、雪道でブレーキが利かず、死ぬかと思ったが守られたとのこと。

その後、教会に行くこともなく、牧師の姿を遠目で見て通り過ぎていたが、ある日忽然と姿が見えなくなったので、何処へ行ったのだろうと教会のあった辺りを回ったり、江別中を探し回ったが、見つかりませんでした。(※教会が札幌に移転した為)

札幌に出てから、いろいろなキリスト教会に行き、洗礼も勧められたが、自分は既に江別でイエス之御霊教会の牧師から洗礼を受けていると言って断り続けました。

自分に洗礼を施してくれた牧師はどこにいるのだろう? あの教会はどうなったのだろうと探し回りました。

そのうち、キリスト教会の案内所があることを知り、「イエス之御霊教会はどこにありますか」と尋ねると、3ヵ所あると教えてくれたので、最初の「道央イエス之御霊教会」に電話を掛けました。すると電話に出たのが何と牧師先生だったのです。本当に驚きました。「元気でいる」と知って嬉しくい思いました。そして教会を訪ねたのです、という証でした。

どの証もイエス様は生きている。私たちを選び、救い、祝福の中に入れて下さることを実感しますから感謝です。

今日の安息日礼拝の恵みは素晴らしかったです。主イエス様に感謝! ハレルヤ!

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イエス十二弟子に言ひ給ふ『なんぢらも去らんとするか』 シモン・ペテロ答ふ『主よ、われら誰にゆかん、永遠(とこしへ)の生命(いのち)の言(ことば)は汝にあり。又われらは信じ、かつ知る、なんぢは神の聖者(しゃうじゃ)なり』 -ヨハネ6:67~69-

ヨハネ伝6章には、パン問題をめぐって、霊と肉との解釈の相違によって、人は主イエス・キリストに付く者と去る者とがあると記している。

主は、五つのパンと二匹の魚とをもて民を飽かしめ給うた時に、『われは天より降りしパンなり』と言われた。これに対して人々は、これはヨセフの子ではないか、われらはその父母を知っていると言って、イエスを単なる人としか見なかった。主イエスが肉体を持ってこの世に現れた活ける神の子、キリストであることを認めなかったのである。

更に主が、『我は天より降りし活けるパンなり、人このパンを食はば、永遠に活くべし。我が與ふるパンは我が肉なり、世の生命のために之を與へん』と言い給うに及んで、ユダヤ人は『この人はいかで己が肉を我らに與へて食はしむることを得ん』と言い、主から離れ去ったのである。

主は霊の言葉を以って真理を語り、真実を告げたのだが、彼らの耳は聴くに物憂く、悟りに欠けていたので、己がものとすることができなかったのである。

これに対し、ペテロは主が何方であるかを知っていて、上記の信仰の言葉を述べたのである。 確固とした信仰を持つ者は、主から離れ去ることはない。

主は、マタイ伝16章で、弟子たちに『なんぢらは我を誰と言ふか』と問われ、シモン・ペテロが『なんぢはキリスト、活ける神の子なり』と答えた時、主は『バルヨナ・シモン、汝は幸福なり、汝に之を示したるは血肉にあらず、天にいます我が父なり』と仰せになった。-15~17- 今、われらに真理を教え示すお方は、父より出る助け主、即ち真理の御霊である。

助主、即ちわが名によりて父の遣したまふ聖霊は、汝らに萬の事ををしへ、又すべて我が汝らに言ひしことを思ひ出さしむべし。 -マタイ14:26-

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今日は、イエス様がアルゼンチンイエス之御霊教会の宮良幸整先生を道央教会にお送り下さいましたので、講壇の御用をお願いしました。

アルゼンチン教会での証の後、聖書から「七つの行為(おこない)」について語られたのでまとめました。皆様の聖書の学びと、霊の糧となりますように祈ります。

宮良先生に善きお報いがありますように。

1.悪魔の行為

 汝ら憑鬼者(くちよせ)を恃むなかれ 卜筮師(うらなひし)に問うことを爲して 之に身を汚さるゝなかれ 我は汝らな神エホバなり -レビ記19:31- 

2.肉の行為

 それ肉の行為はあらはなり。即ち淫行・汚穢・好色・偶像崇拝・呪術・怨恨・紛争・嫉妬・憤恚・徒党・分離・異端・そねみ・酔酒・宴楽などの如し。 -ガラテヤ5:19~21

3.己の行為

 感謝のそなへものを献るものは我をあがむ おのれの行為をつつしむ者にはわれ神の救ひをあらはさん -詩篇50:23-

4.律法の行為

 律法の行為によりては、一人だに神のまへに義とせられず、律法によりて罪は知らるるなり。 -ロマ3:20-  ガラテヤ3:2,5

5.信仰の行為

 それ信仰は望むところを確信し、見ぬ物を真実とするなり。・・・ へブル11章

6.御霊に導かれた行為

 イエス聖霊にて満ち、ヨルダン河より帰り荒野にて、四十日のあひだ御霊に導かれ、・・・ -ルカ4:1-  ロマ8:14

7.正しき行為

 一つの正しき行為によりて義とせられ、生命を得るに至ることも凡ての人に及べり。 -ロマ5:18-  ヨハネ黙示録19:7,8

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お知らせ 「御霊の声」 証-36 ベウラの地 を載せました。

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