道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2016年02月

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汝は遐齢(よきよはひ)におよびて墓にいらん宛然(あたかも)麥束の時にいたりて運びあぐるごとくなるべし -ヨブ5:26-

A姉妹が2月下旬に天に召されました。葬儀は、ご自宅の近くにある札幌近郷、E市の葬祭場で行われました。

姉妹は、十数年前にがんに侵され、手術を受けましたが、その後、他の臓器に転移し、末期がんの症状になり、今年になって北大病院に入院しました。

そういう中で、在宅療養の道が開かれました。E市にあるM病院が力を貸してくださり、自宅に医療器具を設置して、ご主人と看護師をしている娘さんのT姉妹が力を合nわせて、看護に当たりました。

召される1週間前には、お食事も進んでいたようです。それが、病状が変わり、召されたのですが、ご一家がイエス様の恵みを感じている証があると、聞かせてくださいました。

姉妹が召される時、3人のお孫さんが家にいて、姉妹の最後を看取ることができたというのです。また道東の0市から、こうとは知らずに来ていた姉妹のお姉さんと姪御さんも、同様に看取ることができたということでした。

上のお孫さんは、午前中に高専卒業前の試験を終えて帰宅したばかり、次のお孫さんはバレエの試験で上京する前日、末のお孫さんは高校の合格発表が郵送されてきた日。とそれぞれ大切な出来事をおばあさんに報告し、今まで可愛がってくれたおばあさんに 「おばあちゃん、ありがとう。おばあちゃん、ありがとう」 と口々に叫んで感謝をしたというのです。

葬儀の場で、上京したお孫さんが書いた「おばあちゃんへ」のいう手紙が読み上げられ、家族の愛の深さをしみじみと感じました。  

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A姉妹と御主人がイエス様を信じたのは、50歳を過ぎてからでした。

娘さんのT姉妹が、信者であるK兄弟と知り合って結婚し、やがてお孫さんが生まれ、教会に通うようになりました。その姿を見て 「自分たちに欠けているのは、この孫たちのような純粋な信仰だ」 と気付き、教会に来て水と霊を受け、偶像を離れて、主を信じたのでした。

病との戦いが長く続きましたが、召される直前に「私が亡くなったら、教会の先生に頼んでお葬式をしてね」と御主人に言われたそうです。それからご主人は周囲の人たちに 「うちはキリスト教だから、教会で葬儀をするんだ」 と公言し、遺言通りに、イエス様の聖名によって告別式をすることができました。また、これを通して親戚の皆さんも全員、主の御霊をいただくことができました。

今は、姉妹は天国でイエス様を誉め称え、多くの人々が救われるように祷告しておられることと思います。ハレルヤ!」

                     開拓


なんぢら義を生ずるために種をまき 憐憫(あわれみ)にしたがひてかりとり 又新地をひらけ 今はヱホバを求むべき時なり 終(つひ)にはヱホバきたりて 義を雨のごとく汝等のうへに降せたまはん -ホセア10:12-

視よ今は恵みのとき、視よ今は救いの日なりです。聖霊が豊かに降り、待ち望む人々の上に注がれています。

私たちは、福音の種まきをし、刈り入れを致します。私たちの周辺は勿論のこと、遠き地にも目を注ぎ、新地を開拓していきたいと思います。

宣伝ふる者なくば争(いか)で聴くことをせん。遣されずば争で宣伝ふることを為んとあります -ロマ10:14,15- 主に遣わされて、主を求める人々の許に行き、水と霊のこの福音を伝えて、喜びの中に入っていただくことこそ望みであります。

主は言われました 「汝等の新田を耕せ 荊棘(いばら)の中に播くなかれ」と、 -エレミヤ4:3- 主は救われるべき人、果を結ぶ人がどこにいるのか御存知です。その人の許へ私たちを導いてくださいと願い、祈りましょう。

パウロは言いました 「我は努めて他人の置ゑた基礎(もとい)の上に建てじとて 未だキリストの御名の稱へられぬ所にのみ福音を宣伝へたり」 -ロマ15:20- 未伝道地は、広いです。 救いを待っている人は多いです。その許へ私たちを導いて下さいと祈りましょう。

ヱホバに向ひてうたひ その名をほめよ 日ごとにその救いをのべつたへよ -詩篇96:2-

涙とともに播くものは歓喜(よろこび)とともに穫らん その人は種をたづさへ涙をながしていでゆけど 禾束(たば)をたづさへ喜びてかへりきたらん -詩篇126:5,6-

なんぢ死地に曳れゆく者を拯へ 滅亡(ほろび)によろめきゆく者をすくはざる勿れ -箴言24:11-

救いの門戸を開き給えと祈るべきです。

なんぢら欣喜(よろこび)をもて救の井より水をくむべし -イザヤ12:3-

ハレルヤ!

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一粒の麥、地に落ちて死なずば、唯一つにて在らん、もし死なば、多くの果を結ぶべし。
 -ヨハネ12:24-

沖縄の読谷イエス之御霊教会牧師 伊藤勝治先生が、1月29日午後11時30分に主の御許に召され、2月1日に告別式が行われるとの報を頂き、生前主に在りて善き厚誼をいただいたことを思い返し、急遽参列致しました。

伊藤先生は、北海道後志広域連合蘭越町の出身。若き日にアメリカ留学を希望しておられましたが、昭和27年、東京イエス之御霊教会で水と霊とのバプテスマを受けて救われ、沖縄伝道に導かれました。

祈りのうちに献金が与えられるとすぐ伝道に行かれ、南米、北米、東南アジア、台湾など広く水と霊の福音を宣伝えられました。また、初期の名瀬イエス之御霊教会と南西諸島大聖会のために尊く用いられた器でした。

この度、2月2日、3日の両日、名瀬で主の祝福に溢れた南西諸島大聖会が行なわれましたが、その直前に伊藤先生が召され、告別式が行われたことは、誠に凡てに時あり、神の為したまふことは皆その時に適ひて美麗(うるはし)しかりと、万事は導き給う神なりとイエス様の聖名を崇めた次第です。

後任牧師で長男の伊藤実先生ならびに親戚御一同の お礼の言葉 の中には「神の御旨により選ばれ、八十九年の走るべき道程を果たし、善き戦闘をたたかい、大勝利して主イエス様の御許に召されました」と記されてあり、宜(うべ)なるかなと思いました。

主イエス・キリストは私たちの為に、一粒の麥となって死んでくださいました。私たちも御言葉の如く、更に多くの果が結ばれるように、切に祈っていきたいと思います。ハレルヤ!




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