道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

2018年08月

             2018-08-25 ヨシュア File0194



汝らの事ふべき者を今日選べ 但し我と我家とは共にヱホバに事へん
                                    ヨシュア24:15

モーセの後継者であったヨシュアは、イスラエルの民を率いてヨルダンの西の方を平定し、主はイスラエルに安息を与え給うた。  

久しくして、ヨシュアは年邁(すす)みて老いたる後、凡てのイスラエル人すなわち長老 首領 裁判人 官吏などを招きよせて、先祖アブラハム、イサク、ヤコブの神なるヱホバを畏れ、赤心と真実とをもて事えよ、而して異邦の神を除けと語り、事うべき神を今日選べ 「但し我と我家とは共にヱホバに事へん」 と語った。

ヨシュアは、このことに就いて民と契約を結び、証しとして大いなる石をとりヱホバの聖所の傍らにある樫の木の下に立てたのである。 ヨシュア記24章

 「主イエスを信ぜよ、然らば汝も汝の家族も救はれん」 使徒行伝16:31
 而して、救われた私たちは、「全家とともに神を信じて喜べり」 同34節
 「我と我家とは共に主に事へん」と、一心一念をもて歩むべきである。  

     ♪ 新しきに地に 踏み出だす
       心にそなえ ありや見よ
       ヨシュアのごとく 我も言はん
       我が家と我は 主に事へん   ♪
             リバイバル聖歌 99番






                                      少年ダビデ


11
ツロの王ヒラム使者をダビデに遣はして香柏および木匠(たくみ)と石工をおくれり 彼らダビデの爲に家を建つ
12 ダビデ、エホバのかたく己をたてゝイスラエルの王となしたまへるを暁(さと)り  またヱホバの其民イスラエルのために其國を興したまひしを暁れり

                                  サムエル後5:11,12

ダビデは、若き日に王となるべく神に選ばれ、サムエルによって膏を注がれた。此の日よりヱホバの霊が彼に臨んだ。

ダビデは、ぺリシテ人との戦いで敵の挑戦者、巨人ゴリアテを神の名により投石器の石をもって倒して大勝利を収め、「サウルは千人をうち殺しダビデは萬をうち殺す」と民に賞賛された。だが、この日より後、ダビデはサウル王の妬みをかい命を狙われるが、神は彼を守り続けられた。

ぺリシテ人との戦いでサウル王と長子ヨナタンの死し後、次子イシボセテが跡を継ぐが、一方ユダの家はヘブロンでダビデを王に立てて從った。

ダビデは益々強くなりサウルの家はますます弱くなった。そして最終的にサウルの家が滅亡した時、イスラエルの長老はみなダビデの許に来て、ダビデに膏を注いでイスラエルの王とした。ダビデは王となった時三十歳にして四十年の間位に在った。即ちヘブロンにてユダを治めること七年と六カ月、またエルサレムにてイスラエルとユダを全く治めること三十三年であった。

ダビデは、エルサレムに行きブス人の手よりシオンの要害を取って住み、ダビデの城邑(まち)と名づけた。

ダビデはますます大いに成りゆき且萬軍の神ヱホバが共におられた。

話は最初の聖言に戻って、これらの事を見ていた隣国ツロの王ヒラムが使者をダビデに遣わして、家を建てるための資材と人員を派遣したと言うのである。隣国の王が確かなる神の祝福がダビデにあるのを見てとったのである。

ヒラムがそのようにしてくれたことによって、ダビデもまた神によって王とされたことと、民の為に神が王国を興されたことを暁ったのである。

曾て神は、イスラエルの民が御自身以外の者を王とするのを善しとし給わなかった。士師サムエルも然りであった。そして結局のところ民が立てたサウル王は、神に從わず、罪を犯す不逞の輩であって、神に捨てられた。その国もぺリシテ人やアマレク人の侵略を受け、戦いの連続であった。

今茲に神によって選ばれ立てられたダビデ王によって、主なる神の聖名が崇められるに至ったのである。  

そして神によりダビデ家とユダとイスラエルの家とに祝福と繁栄とが齎されたのである。

私たち一人々々の上にも祝福が豊かにありますように!

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9 この後われ見しに、視よ、もろもろの國、族(やから)、民、國語(くにことば)の中より、誰も數へつくすこと能はぬ大なる群衆、しろき衣を纏ひて手に棕櫚の葉をもち、御座と羔羊との前に立ち、
10 大聲に呼はりて言ふ 『救は御座に坐したまふ我らの神と羔羊とにこそ在れ』
11 御使みな御座および長老たちと四つの活物(いきもの)との周囲に立ちて、御座の前に平伏し神を拝して言ふ、
12 『アァメン、讃美・榮光・智慧・感謝・尊貴・能力・勢威、世々限りなく我らの神にあれ、アァメン』
13 長老たちの一人われに向ひて言ふ 『この白き衣を著たるは如何なる者にして何處より來りしか』
14 我いふ 『わが主よ、なんぢ知れり』 かれ言ふ 『かれらは大なる患難より出できたり、羔羊の血に己が衣を洗ひて白くたる者なり。
15 この故に神の御座の前にありて晝も夜もその聖所にて神に事ふ。御座に坐したまふ者は彼らの上に幕屋を張り給ふべし。
16 彼らは重ねて飢ゑず、重ねて渇かず、日も熱も彼らを侵すことなし。
17 御座の前にいます羔羊は、彼らを牧して生命の水の泉にみちびき、神は彼らの目より凡ての涙を拭ひ給ふべければなり』
                            ヨハネ黙示録7:9~17

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・アブラハムは、妻サラが死んだときにヘテ人エフロンの持ち物なるマクベラの洞穴を買って己が所有の墓所として葬った。
・アブラハムが175歳で年満ちて死んだとき、息子のイサクとイシマエルは、父を同じ墓所に葬った。
・イサクは180歳で年満ちて死に、その妻リベカも死んだ。その子エサウとヤコブが之をアブラハムの所有なる墓所に葬った。
・ヤコブは147歳でエジプトで死んだが、息子ヨセフに遺命し、同じマムレの洞穴なる墓所に葬った。
・ヨセフは110歳で死んだが、神によってエジプトを出る日には、我が骨を携え出でよと遺命した。四百余年経ってモーセはヨセフの骨を携えてエジプトを発った。
・斯く、マクベラの洞穴は、アブラハムと子孫の代々の墓所となった。

私たちの今日あるは、主イエス・キリストの救いと恵みによるのは勿論のことですが、同時に私たちのために愛を注ぎ、訓育してくださった両親や先祖がいることを忘れず、感謝することが、喜霊祭の意義ではなかろうかと思います。



兄弟よ、我マケドニヤの諸教会に賜ひたる神の恩恵(めぐみ)を汝らに知らす。即ち患難の大なる試練のうちに彼らの喜悦(よろこび)あふれ、又その甚だしき貧窮(まづしき)は吝(をしみ)なく施す富の溢るるに至れり。  コリント後8:1,2

先日、副牧師が会堂を綿密に点検したところ、庭の植え込みにある門柱や外壁に取り付けられている照明器具に不備が見つかった。会堂建設以来18年経っているので、永年風雪に晒されて劣化したり、接触不良を起こしたり、点灯されなかったり等々。これではいかぬと手直しをしたが、業者の手を借りなければならない破損カ所があったのでお願いし、新品と交換した。

すると、思いもかけぬ所から、現金書留郵便で献金が送られてきたのである。上書きには某県〇〇市と住所、電話番号が書かれているが、お名前は「ハレルヤ」と記されてあった。

開封して見ると、多額の献金に添えて1枚の書状があって、
   大聖会、教会の為に用いられたら感謝です。
                   ハレルヤ
と記されていた。

「汝らの父は求めぬ前に、なんぢらの必要なる物を知りたまふ。」 正にそれであった。

イエス様に大感謝の祈りをした後、副牧師が受取の知らせをせねばと電話でお礼の言葉を申し上げたが、お名前は明かしていただけなかったと言うのである。主が祝福し、善きものを以て報い給うように祈るのである。

一切は主が知り給う。照明器具に寿命が来ていたことも、修理費用が要ることも、献金をさげる事に用いられた方が何方なのかも、全て人知を超えた主より出たことなどで、主は全て知り給う。ハレルヤ!

9 汝らは我らの主イエス・キリストの恩恵を知る。即ち富める者にて在したれど、汝等のために貧しき者となり給へり。これ汝らが彼の貧窮(まづしき)によりて富める者とならん爲なり。

12 人もし志望(こころざし)あらば其の有(も)たぬ所に由るにあらず、其の有つ所に由りて嘉納せらるるなり。

汝らは一切(すべて)に富みて吝なく施すことを得、かくて我らの事により人々、神に感謝するに至るなり。 コリント後9:11

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