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汝等は恩恵(めぐみ)により、信仰によりて救われたり、是おのれに由るにあらず、神の賜物なり。行為(おこなひ)に由るにあらず、これ誇る者のなからむ為なり。 -エペソ2:8,9-

エペソ書5章の前半には、救いの目的に就いて書かれています。

救われる以前の私たちは、空中の権を執る宰である悪魔の霊に從って、この世の習慣を重んじ、神に対して不従順であり、肉慾の欲するままに日を送り、他の不信者同様に神の怒りを蒙る者でありました。

しかし、憐れみ富み給う神は、私たちを愛し、咎によって罪の中に死んだ私たちをキリストに由って、キリストと共に活かし、キリストと共に甦えらせ、キリストと共に天の所に坐せしめてくださいました。

このキリストと共にという所が大切であって、ロマ書6:3~11にあるように、キリスト・イエスに合うバプテスマを受けた者は、その死に合うバプテスマを受け、共に葬られ、共に甦へらせられ、天の所に坐せしめてくださった者であります。

「この大いなる恩恵の富を、来たらんする後の世々に顕わさんとてなり」 と6節にありますが、この「後の世々」とは、私たちにとっては遠い未来を指しているのではありません。パウロの時代から見て「後の世々」なのであって、それから2000年を経た今日、今や後の雨としての聖霊降臨時代、即ち、真の教会が存在する現在、正に今日、私たちは、目の前に顕わされた神の恵みを見、味わい、感謝しているのです。

私たちは、主の救いを恩恵により、かつ信仰に由って与えられました。故に己に由るにあらず、神の賜物である言う事ができます。行為の業によるのではありませんから、誇ることはありません。ただ感謝するのみです。

私たちは、主の福音により、水と霊とのバプテスマを受けて新生した者ですから、それに相応しく、常に喜び、絶えず祈り、凡てのこと感謝し、安息日礼拝を守り、霊讃歌を歌い、聖書の御言葉を読みかつ学び、これを行う者となり、与えられた物の什一を神にお返しし、感謝の捧げ物を捧げ、神の備えてくださった善き業を行い、神を喜ばせ、主の救いを証して、伝道することを第一にして歩むべきであります。
 
主と偕に歩む皆様の上に、主イエス・キリストの恵みと祝福が豊かにありますように。