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                 札幌近郷の山々 2014年6月・藻岩山頂より      

われ山にむかひて目をあぐ わが扶助(たすけ)はいづこよりきたるや  わがたすけは天地(あめつち)をつくりたまへるヱホバよりきたる  ヱホバはなんぢの足のうごかさるゝを容(ゆる)したまはず 汝をまもるものは微睡(まどろみ)たまふことなし  視よイスラエルを守りたまふものは 微睡むこともなく 寝(ねぶ)ることもなからん  ヱホバは汝をまもる者なり ヱホバはなんぢの右の手をおほふ蔭なり  ひるは日なんぢをうたず 夜は月なんぢを傷(うた)じ  ヱホバはなんぢを守りてもろもろの禍害(わざはひ)をまぬかれしめ 並(また)なんぢの霊魂(たましひ)をまもりたまはん  ヱホバは今よりとこしへにいたるまで 汝のいづると入るとをまもりたまはん 詩篇121篇

年が明けて教会では祝福祭や感謝祭、聖別祭が続いている。

愛兄姉方の祈りと努力の実が結び、主が祝福してくださったので、車の納車や、運転免許の取得、就職決定などが為され、みな良き証の伴うものばかりである。これから先、無事に守られて進んで行けるように主に祈ったのである。

私たちの神は、微睡むことなく絶えず私たちに目を向け、救いの手を差し伸べて下さる。「主よ!」と私たちが叫ぶ時、瞬時にその声は神の耳に届き、救いの御業が為されるのである。即答もあれば、忍耐の時を経るものもあるが、御旨に適うことは必ず聴かれるのである。

祈りが聴かれるということは、水と霊を以て救われた真の信仰者に与えられた特権であり、神自らが証してくださる所である。

神は、昼も夜も変わりなく、私たちを守ってくださる。肉体を持つ私たちは疲れれば微睡むこともあり、休息や睡眠が必要であるが、生命の本源たるなる神には不必要なのだと思う。世界中の否、天界地界を通じて神の子たちや御使いたち、諸々の造られた物たちが献げる讃美の大合唱を常に聴き、絶えることなく誉め称えられ、栄光を顕わしす主で在し給うのである。

私たちは、世が改まれば新天新地に移され、その都は日月の照らすを要せず、神の栄光これを照らし、羔羊(こひつじ)はその灯火(あかり)となってくださるのである。ヨハネ黙示録21:23 同22:5 何と、主の御再臨を待ちわぶることか!

そして主はもろもろの禍害から私たちを守り、霊魂を守ってくださると約束された。その保証は何か?水と霊である。これを受けた者は安泰である。

「ヱホバはとこしへにいたるまで 汝のいづると入るとを守りたまはん。」と主は約束された。。。。今年も大いなる主の御手によって守られ導かれて進んで行かれますように祈念いたします。ハレルヤ!