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         教会前は通学路なのできれいに排雪されました 感謝


それ神はアブラハムに約し給ふとき、指して誓ふべき己より大なる者なき故に、己を指して誓ひて言ひ給へり、『われ必ず、なんぢを恵み恵まん、なんぢを殖し殖さん』と。 へブル6:13,14

初代監督村井じゅん師がよく言われた言葉に 「祝福だに有らば足れり」 がある。

聖書の御言葉を実行する時に、祝福があれば、それは真理であり、イエス様が善しとされた証拠である。

水と霊を受けたら祝福された、安息日礼拝を守り、什一献金をささげ、身代わり洗礼を受け、神癒祈祷をし、病が癒やされる等々、聖書に記されたことを実行すれば、必ず祝福が伴ってくる。

聖書は神の御言葉であるから、教理云々ではなく、先ず從って実行することが大切で、そうするならば御言葉に伴う奇蹟、徴し、不思議が起きてくる。それにより、神が明白に立証してくださるのである。

村井じゅん師は、著書 「聖書神学」 第11章 神の立証 で、次のような表題で詳述されている。

1、常道的祝福
2、神 癒
3、霊肉の祝福
4、什 一
5、日常百般の祝福
6、秩序の祝福

神の教会には、天と地を繋ぐ特権が置かれているので、教会を中心にして歩んで行くならば、主は常に偕にいて祝し恵み、エルサレムを愛する者は栄ゆべしと、その為す所みな栄えしめてくださるのである。