img029


我らは神と共に働く者なり。汝らは神の畠なり、また神の建築物(たてもの)なり。 コリント前3:9

先日、ある牧師先生と電話で話を交わしたのだが、終わり際にその先生から 「お互いに(齢はとったが)神様の為に働きましょう!」 と声をかけられた。

同感である。活き活きとした熱いものが伝わってきて嬉しくもあり、心地よい響きが私の心に残った。

そうだ 「我らは神と共に働く者なり」 だ!!早速聖書を開いて上記の御言葉を読んだ。

復活し昇天なさる前に、主イエス・キリストは使徒たちに言い給うた。『我は天にても地にても一切の権を与えられたり。然れば汝ら往きて、もろもろの國人を弟子となし、父と子と聖霊との名によりてバプテスマを施し、わが汝らに命ぜし凡ての事を守るべきを教へよ。視よ、我は世の終まで常に汝らと偕に在るなり』 と命じ、励まされた。 マタイ28:18~20 更に、

語り終へてのち、主イエスは天に挙げられ、神の右に坐し給ふ。弟子たち出でて、徧(あまね)く福音を宣べ伝へ、主も亦ともに働き、伴ふところの徴をもて、御言を確(かた)うし給へり。とある。 マルコ16:19,20

斯く、主は弟子たちと共におられ、遣わされた故に、その福音の宣教が実を結んだのである。

扨て、私たちの主より与えられた働きの場所はどこか? 「神の畠なり、また神の建築物なり」と記されている。

神の畠とは、種まきと刈り入れの場、即ち伝道である。良き地に種を播けば実を結んで、或いは百倍、あるいは六十倍、あるいは三十倍の実を結ぶものである。 マタイ13:3~9、18~23 詩篇126:5,6

神の建造物とは、神が御血をもて買い給いし教会であって、神の御霊の住み給う聖なる宮の建設を指している。 コリント前3:16

伝道と教会建設とは車の両輪であって、一つを欠くことはできない。

水と霊の全き福音をもって伝道し、救われた群れを牧会して、キリストの体なる教会を正しく導いて行くのが、私たちに課せられた使命である。

その為に働けよと、主は今日も言い給う。

         
           ♪ 勇ましく働け 御国の世嗣らよ
            御霊衷に在せば 我らは主のもの
            利き鎌をとぎ 刈入れをいそげや
            終りをいそげ 畑はみのりぬ
                  霊讃歌31番 勇ましく働け 1節