もし安息日になんぢの歩行(あゆみ)をとゞめ 我聖日になんぢの好むわざをおこなはず 安息日をとなへて樂日(たのしみのひ)となし ヱホバの聖日をとなへて尊むべき日となし 之をたふとみて己が道をおこなはず おのが好むわざをなさず おのが言(ことば)をかたらずば その時なんぢヱホバを楽しむべし ヱホバなんじを地のたかき處にのらしめ なんぢが先祖ヤコブの産業をもて汝をやしなひ給はん こはヱホバ口(みくち)より語りたまへるなり  イザヤ58:13.14  

安息日は、何時か?
第七日に神其造りたる工を竣(おへ)たまへり 即ち其造りたる工(わざ)を竣て七日に安息(やすみ)たまへり 神七日を祝して之を神聖(きよめ)たまへり 其は神其創造(つくり)為たまへる工を尽く竣て 是日に安息みたまひたればなり  創世記2:1,2
即ち、第七日は今日の土曜日に当たる。

神が創造の工を竣えて安息された此の日は、祝福され神聖られた日である。この日を神を楽しむ日とし、尊ぶ日としなさいと神が言われているのである。

安息日は、神の手によって記されたモーセの十誡の第四条に記されている。
安息日を記憶えてこれを聖潔(きよく)すべし 六日の間勞(はたら)きて汝の一切の業を爲べし 七日は汝の神ヱホバの安息なれば何の業務(わざ)をも爲べからず・・・・・ 其れはヱホバ六日の中に天と地と海と其等の中の一切の物を作りて 第七日に息(やす)みたればなり 是(こゝ)をもてヱホバ安息日を祝ひて聖日としたまふ  出エジプト20:8~11 同31:13~17参照

私たちは安息日を旧約の律法として守るのではない。主を尊び、楽しみ、地の高き處にのらしめ、ヤコブの産業をもてやしなうとの約束に与るためである。主は安息日礼拝を守る私たちに恵みと祝福を与えて御言葉を立証してくださるのである。

世の教会は、日曜日が聖日であり安息日だとというが、日曜日は週の首(はじめ)の日であり、主の復活の日であるが、安息日ではない。
ローマ帝国のコンスタンチヌス王が即位するや、キリスト教徒への迫害を止めて国教とし、日曜休業令を出して礼拝日とした。「彼また時と法(おきて)とを変えんことを望まん」との預言は成就した。 ダニエル7:25

しかし、安息日が第七日であることは不変であり、主イエス・キリストがパリサイ人と安息日問題について論じた時に、「人の子は安息日の主たるなり」 と言い給いし聖言を銘記すべきである。 マタイ12:8

安息日礼拝を律法によらず、恵みによって守ることは、主なる神が私たちをして地の高き処に載らしめ、ヤコブの産業をもて養いくださるのである。即ちヤコブが主なる神より大いなる祝福を受け、無一物から始まったが、母リベカの郷であるハランに住む伯父ラバンの許に行き、その娘レアとラケル、及び女奴隷ジルパとビルハの4人を得て、12人の息子、娘一人をもうけ、更にラバンの許で家畜を飼い、報酬として多くの羊と山羊とを得、また男女の奴隷、及びらくだと、ろばとを得て二十年後に国へ帰ったことは、聖書に記されたる如くである。 創世記28~31章参照