イエス言ひ給ふ 『けふ救はこの家に來れり、この人もアブラハムの子なればなり。それ人の子の來れるは、失せたる者を尋ねて救はん爲なり。』 
 ルカ19:19,20 

エリコの町にザアカイという人が住んでいた。取税人の頭で富める人であったが、その職のために彼は悩んでいた。

取税人は、ユダヤ人がその職に就いていたが、支配者である異教徒のローマ帝国のために、同胞のユダヤ人から税を取り立てる役目を担っていた。ローマからは給料は出ないので、元手が要ることから金持ちが多く、過分な税を徴収して私腹を肥やす者もいたので、ユダヤ人からは売国奴のように思われて忌み嫌われていた。特に宗教家のパリサイ人からは蔑まれ、罪人や遊女と同等に見られていたのである。 

時に、主イエス様がエリコの町に入り、過ぎ行こうとされていた。ザアカイはイエス様の噂を聞いていたので、どういう人なのか見ようとしたが、背が低く、人垣に遮られて見ることができなかった。そこで、主が進み行き給う方向に向かって走り、そこにあった桑の木によじ登ったのである。

主イエス様は、その木の所に来られると、上を仰いで言われた。『ザアカイ、急ぎおりよ、今日われ汝の家に宿るべし』と言われた。 5節 あゝ、主は親しく私たちの名を呼び、過ぎゆかず、あなたの許に宿ると言ってくださるのだ。

ザアカイ桑の木から急いで降り、喜んでイエス様を自分の家に迎え入れた。人々はこれを見て 『かれは罪人の家に入りて客となれり』 と言った。

主は,、取税マタイ(レビ)が弟子になった時、その家で弟子たちと共に食事の席つかれたが、多くの取税人・罪人も同席した。パリサイ人の学者らがこれを見て、弟子たちに 『なにゆゑ取税人・罪人とともに食するか』 と言った。主イエス様は聞いて言われた。 『健かなる者は、醫者を要せず、ただ病ある者、これを要す。我は正しき者を招かんとにあらで、罪人を招かんとて來れり』 と。
 マルコ2:17

扨て、ザアカイ立ちて主に言ふ 『主、視よ、わが所有(もちもの)の半を貧しき者に施さん。若し、われ誣(し)ひ訴へて人より取りたる所あらば、四倍にして償はん』と。ザアカイが四倍にしてと言ったのは、律法に「四の羊をもて一の羊を償ふべし」と定められている故である。 出エジプト22:1

主イエス様は、ザアカイが悔改めに適う信仰を言い表したことを喜ばれて冒頭の御言葉を語られたのである。

この御言葉は、私の大好きな聖言の一つである。なぜならば、私の若き日、失われた如き私を主イエス様は見出してくださり。救いに入れて下さったからである。感謝!ハレルヤ!!