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『かく録されたり、キリストは苦難を受けて、三日めに死人の中より甦へり、且その名によりて罪の赦を得さする悔改はエルサレムより始まりて、もろもろの國人に宣傳へらるべしと。汝らは此等のことの證人なり。視よ、我は父の約し給へるものを、汝らに贈る、汝ら上より能力を著せらるるまでは都に留れ』 ルカ24:46~49

『エルサレムを離れずして、我より聞きし父の約束を待て、ヨハネは水にてバプテスマを施ししが、汝らは日ならずして聖靈にてバプテスマを施されん』  
使徒行伝1:4,5

『聖靈をうけよ』とは、主の御命令である。 ヨハネ20:23

使徒たちは、主の御言葉に從ってエルサレムに入り、留まりをる高楼に登り、心を一つにして只管いのりを務めいた。

そしてペンテコステの日がやって来た。


五旬節の日となり、彼らみな一處に集ひ居りしに、烈しき風の吹ききたるごとき響、にはかに天より起りて、その坐する所の家に満ち、また火の如きもの舌のやうに現れ、分れて各人のうへに止まる。彼らみな聖靈にて満たされ、御靈の宣べしむるままに異邦(ことくに)の言にて語りはじむ。 使徒行伝2:1~4

主イエス様が斯く言い給い、聖書に斯く記された聖霊を私たちは戴いた。

受霊の徴として異言を語らされるのである。私たちが神の御前に身を低くし、ハレルヤ、ハレルヤと誉め称え、心の中で「聖靈を与えて下さい」と切に願い、祈り求めるならば、主はいとも優しく御霊を注ぎ満たしてくださるのである。

また受霊後の異言の祈りは、御霊による執成しの祈りであって、何事を願うにも異言をもって祈るならば、主はその祈りに聞き応えてくださるとロマ書8:26,27に記されているのである。

我は靈をもて祈り、また心をもて祈らん。我は靈をもて謳いひ、また心をもて謳はん。 コリント前14:15

神は靈なれば、拝する者も靈と眞とをもて拝すべきなり』との主の聖言はここに成就する。
 ヨハネ4:24

主の御前に来たり、父の約し給いし聖霊を戴き、そして正しき洗礼、即ち、主イエス・キリストの御名によるバプテスマ(浸礼)を受けて、全き救いに与ろうではないか。