視よ、われ汝らに奥義を告げん、我らは悉とく眠るにはあらず、終のラッパの鳴らん時みな忽ち瞬間(またたくま)に化せん。ラッパ鳴りて死人は朽ちぬ者に甦へり、我らは化するなり。そは此の朽つる者は朽ちぬものを著、この死ぬる者は死なぬものを著るべければなり。此の朽つるものは朽ちぬものを著、この死ぬる者は死なぬものを著んとき 『死は勝に呑まれたり』 と録されたる言は成就すべし。 コリント前15:51~54


今、私たちが持っている肉体は、アダムの性質を持った朽つる肉体であるゆえに、何時かは死に直面しなければならない。

アダムは神の言われた「善悪を知るの樹は汝その果を食らうべからず、汝之を食らう日には必ず死ぬべければなり」との誡めを破って罪をし、死ぬべき者となって死んだ。

更に 「それ一人の人によりて罪は世に入り、また罪によりて死は世に入り、凡ての人、罪を犯しし故に死は凡ての人に及べり。」となり、「アダムと等しき罪を犯さぬ者の上にも死は王たりき。」に至った。 ロマ5:12,14

斯くの如く、人は皆死に定められているが、逃れる道は有るのだろうか。感謝すべき事は、死にて甦り給いしキリストの御霊を持つ者は、主の再臨の日には、生きていれば死なずして栄光体に化し、召されていれば甦って栄光体と化し、朽ちぬ者となり、主イエス・キリストと共に永遠に生きる者となるのである。

茲で大切なのは、救いを確かなものにして頂くことである。

「我らは彼にありて恩恵の富に随ひ、その血に頼りて贖罪(あがなひ)、すなはち罪の赦を得たり」
 エペソ1:7

「汝等もキリストに在りて真の言、すなはち汝らの救の福音をきき、彼を信じて約束の聖靈に印せられたり。これは我らが愛くべき嗣業の保証にして、神に属けるものの贖はれ、かつ神の榮光に譽あらん爲なり。 同1:13,14

水と霊のバプテスマを受ける事が大切である。