道央イエス之御霊教会ブログ

安息日礼拝で開かれた聖書の御言葉を始め、折々に導かれた御言葉を取り上げ、証などを交え掲載しています。皆様の訪問をお待ちしています。   -管理人-

カテゴリ: 2008-聖言

● マルコ9:22~24

父いふ『・・・汝なにか為し得ば、我らを憫みて助け給へ』

イエス言ふたまふ『為し得ばと言ふか、信ずる者には、凡ての事なし得らるるなり』

その子の父ただちに叫びて言ふ『われ信ず、信仰なき我を助け給へ』

聖餐式

● ヨハネ6:47~59

● テサロニケ前1:3

これ汝らの信仰のはたらき、愛の労苦、主イエス・キリストに対する望みの忍耐を、我らの父なる神の前に耐えず念ふに因りてなり。

● ヤコブ2:14

わが兄弟よ、人みづから信仰ありと言ひて、もし行為(おこなひ)なくば何の益からん、斯る信仰は彼を救いひ得んや。

● ロマ5:3~5

然のみならず患難をも喜ぶ、そは患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずと知ればなり。

● コリント13:13

げに信仰と希望と愛と此の三つの者は限りなく存らん、而して其のうち最も大なるは愛なり。

聖餐式

● へブル10:12,13

● ロマ4:17

彼はその信じたる所の神、すなはち死人を活し、無きものを有るものの如く呼びたまふ神の前にて我等すべての者の父たるなり。録して『われ汝を立てて多くの國人の父とせり』とあるが如し。

● ロマ5:3~5

然のみならず患難をも喜ぶ、そは患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずと知ればなり。希望は恥を來らせず、我等に賜ひたる聖霊によりて神の愛、われらの心に注げばなり。

● ヨハネ11:1~4

之を聞きてイエス言ひ給ふ『この病は死に至らず、神の栄光のため、神の子のこれに由りて榮光を受けんためなり』

聖餐式

● ヨハネ12:32,33

『・・・我もし地より挙げられなば、凡ての人をわが許に引きよせん』 かく言ひて己が如何なる死にて死ぬるかを示し給へり。

● ヤコブ4:7,8

汝ら神に服へ、悪魔に立ち向へ、さらば彼なんぢらを逃げ去らん。神に近づけ、さらば神なんぢらに近づき給はん。罪人よ、手を浄めよ、二心の者よ、心を潔くせよ。

● イザヤ66:1,2

天はわが位(くらゐ) 地はわが足凳(あしだい) なんぢら我がために如何なる家をたてんとするか 又いかなる處かわが休憩(やすみ)の場とならん

● 詩篇139篇

神は、遍在の神である

われなんぢに感謝す われは畏るべく 奇しくつくられたり なんぢの事跡(みわざ)はおとごとくくすしわが霊魂(たましひ)は いとつばらに之をしれり (14節)

● コリント前6:19

汝らの身はその内にある、神より受けたる聖霊の宮にして汝らは己の身にあらざるを知らぬか。汝らは價(あたひ)をもて買われたる者なり、然らばその身をもて神の榮光を顕せ。

● 創世記21:10~20

● 列王下6:24~7:20

エリシヤ言けるは 汝らエホバの言を聴け ヱホバかく言いたまふ 明日の今頃サマリヤの門にて 麥粉一セアを一シケルにて賣り 大麥一セアを一シケルに賣にいたらん   時に一人の大将すなはち王のその手に依る者 神の人に答へて言けるは  由やヱホバ天に窓をひらきたまふとも 此事あるべけんや  エリシヤいひけるは 汝は汝の目をもて之を見ん 然しどこれを食ふことはあらじ

聖餐式

● ロマ15:1~6

● ヨハネ6:28,29

彼ら言ふ 『われら神の業を行はんには何を為すべきか』  イエス答へて言いひたまふ  『神の業はその遣し給へる者を信ずる是なり』

● テトス2:14

キリストは我等のために己を與へたまへり。是われらを諸般(もろもろ)の不法より贖ひ出して、善き業に熱心なる特選の民を己がために潔めんとてなり。

● ルカ2:42~52

イエス言ひたまふ 『何故われを尋ねたるか、我はわが父の家に居るべきを知らぬか』

聖餐式

● へブル2:14~18


● 雅歌4:16上半句

     北風よ起れ  南風よ來れ 
               我が園を吹きて その香氣
(かをり)を揚げよ

9月23,24日に札幌で行われた北海道大聖会で、主より賜った聖言である。

聖餐式

●へブル2:9,10

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